社会の窓から

社会の窓を開け放ち、世界の人々と交わろう。

日記:2019.10.23

この一連の記事のアップは、「助けてくれる人は必ずどこかにいる」という意見に対する真否を確かめるための、ある意味、身を挺しての「実験」と考えれば良いのかな?

香港政府が条例を正式撤回しましたね。とっくに決めていたことだと思います。そんな(敢えて表現します)些細なことは、どうでも良いのです。このまま香港の市民が「正義」を押し通そうとすれば、どのような結末(それは“中国共産党体制に支配される云々”とか言った“低次元”の問題ではありません)になるのか、、、、。

「正義」「自由」「平和」、、、そういった(ある一定方向への)「価値観」「道徳観」への「無意識的強制同調」 「空気」、、、それを作り出す(メディアを背景にした)社会が、恐ろしくてならないのです。 
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以下、僕自身のことです。

食料が尽いて、餓死寸前です。来月7日に中国に行きさえすれば、モニカが何か食べさせてくれるし、それまで頑張るしかないです。まあ、いざとなれば、コンビニの残飯貰いに行くことも可能なので、それほど深刻には考えていません。

そんなことよりも、6年前のドングリ事故の、余りにも酷い後遺症に、苦しみ続けています。

その辛さを、どのように表現すれば良いのか、、、。あっけらかんとして生きていてるので、誰も信じてくれないのですが。

もう(「青山潤三の世界・あや子版」などでも)何度も繰り返し述べているように、解決策は、既に6年前に言い渡されていた「即手術」(重度の副鼻腔炎)しかない(しかし、手術のためのお金がないので、どうにもならない)ということでした。

この6年間、日本各地はもとより、中国やベトナムやタイの病院も訪ね歩いて、苦しさを訴え続けてきたのですが、どこの病院でも答えは同じです。重度の副鼻腔炎、即手術するしか治癒の方法がない。

昨年末(救急車で何度か病院に運ばれた)以来、もうどうしようもない状況になって、市役所の仲介を得、(何か所もたらい廻しにはなったのですが)最終的には無料で手術して貰える病院(福生公立病院)に辿り着きました。

それまで手術に踏み切れないでいたのは、もちろん経済的な事情もありますが、仮に何とか(手術代を誰かに借りるなりして)手術をしたとしても、本当に治癒するのか? そのことに疑問を懐き続けてきたこともあります。

しかし、そんなことを言っている場合ではありません。手術費用が免除されるなら一刻も早く手術をしなければ、と、決断をしたのです。

その病院で最初に見てくださった耳鼻咽喉科の医師が言いました。「手術はしましょう、しかし、気になることがあります」「副鼻腔炎にしては余りに酷い状況であること」「原因が一般の副鼻腔炎とは異なること」「万が一副鼻腔炎の手術をしても、症状発生に至った根本的な治療が為されていなければ、結果的に無駄になってしまうかも知れない」
「原因となった奥歯の破壊陥没部分を、もう一度よくチェックしてみるべき」、、、ということで、口腔歯科外科で、改めてCTスキャンを撮ることに成りました。これまで、もう10回以上、スキャンは撮っているのですが、今回は、別の方向から別の部位を撮ってみる、と。

驚いたことに、完全抜歯が終わっていると信じ切っていた(中国の病院でも日本の歯科でも繰り返し処置や検査を行ったはずの)奥歯の根元の部分の複雑な位置に、(小指の爪ほどの大きさの)根元の部分が残っていて、それが頭の奥に突き刺さったままの状態になっていた。膿が溜まり続けているのも、苦しい状態が続いているのも、それが原因、と判明したのです。

というわけで、2月に手術を行って、歯の根元の塊を取り除きました。

一時は見違えるように良くなったのです。

しかし、穴が塞がらない。自然に塞がるのを待つか、再手術をして塞ぐか。

それよりも辛いのは、大量の濃い茶色~黄緑色の痰(膿?)が、一日中鼻から逆に胃や肺?に注ぎ込まれていること。毎日、たぶんバケツ(少なくともペットボトル)一杯分くらいの痰(膿)を飲み続けているのです。

手術後の定期診療は、基本的に「口腔歯科外科」で行っています。僕の素人見解では、「脳神経外科」とか「呼吸器科」とか「内科」とかのほうが適切ではないか、と思うのですが、逆らう訳にも行きません。

最初の手術のあとも、何度かCTスキャンを行い、「手術前に比べれば痰(膿)は大分少なくなっている、でもまだかなり残っている」ので、もう暫く様子を見よう、ということになり、僕も同意してきました。

手術後は、それ以前に比べて見違えるように状況が良くなっていたのですが、夏ごろから、再び苦しむようになってきました。秋口からは、手術前と同じぐらいの状況に。そして一週間ほど前からは、もうどうしようもない状況に陥っています。何よりも辛いのは、状況(どこがどのように苦しいのか)を、上手く表現・伝達できないことです。

それとは別に、食事の時など、息を吸ったタイミングで、ご飯粒やパンのかけらなどが、気管に吸い込まれてしまう。そのたびの苦しみを、どう表現すれば良いのか。

この数年間に3度救急車を呼びました。救急隊員の中には、(もちろん親切な方もいますが)バカに仕切った態度で、まともに取り合ってくれないこともあります。(役場に相談する前に受けた)医療機関からは、膨大な額の請求が来ます。

救急隊員は(医院の医者も概ね同じですが)「どこがどのように痛いのか?」「どのように苦しいのか?」と執拗に聞きます。しかし聞かれても、答えようがない。

「痛いわけではありません」と言えば、「じゃあ何で救急車を呼んだ?」となります。僕「苦しいです」隊員「どこがどのように苦しい?」僕「上手く表現できません」延々とそのやり取りが続きます。

といって、表現しないことには、病院に運んでもらえない。それで、こう言います。僕「(あくまで感覚的な表現ですが)敢えて言えば、頭が破裂するような感じです」。隊員「それじゃ精神科に行きましょう」。僕「頭が猛烈に痺れる(しかし痺れてはいない)感じです」。隊員「それは脳神経外科かな」。僕「胸が苦しいです」隊員「それは呼吸器科、、、、どれか一つはっきりと言ってください」。そう言われても、答えようがないのです。

僕「敢えて表現すると、意識がなくなりそうに」。隊員「意識あるじゃないですか」。僕「何を食べても塩や砂糖の塊で舌が焼き付くような(しかし熱くはない)感じです」。隊員「じゃあ口腔歯科」。

そんなわけで、結局のところ、最初の原因(ドングリ事故)に関わる「口腔歯科」に回されます(良くて?「耳鼻咽喉科」で診て貰えるぐらい)。毎回同じ過程の繰り返しです。

ここ1週間、余りにも辛い状態が続いているのですが、(上述のようになるので救急車を呼ぶのは嫌だし)といって、お金もなく(食事も出来ない状況ですから)、病院に移動する電車賃も勿体ない。

しかし、土曜日の夜、余りの苦しさに、虎の子の財産の中から電車賃(往復340円)を使って、福生病院の救急室に向かいました。

「苦しい」「辛い」としか表現出来ません。敢えて言えば「猛烈な量の痰の嚥下」「頭が破裂しそう(痺れてないけれど猛烈に痺れた感じ)」「意識はあるけれど意識が無くなりそうな状態」「舌が火傷(?)したような、塩と砂糖の絡まりを塗りたくったような状態」、、、、。

医師も看護婦も結構親切なのですが、状況は分かって貰えない。

とりあえず血圧を、ということで測りました。220。220が高いのかどうか、僕には判りません、しかし看護婦さんは「相当に高い」と言います。下げるために点滴を打ちました。「220あったら頭痛くなるの当たり前」なのだそうです。そして、それでお終いです。

翌日(日曜)から、強烈な「ぎっくり腰」が襲ってきました(今現在も猛烈に痛い)。なったことのない人には分からないだろうけれど、身動き出来ないほどの激痛です(ただし歩き出したら何とか歩ける、一度座ると立ち上がれなくなります)。

「ぎっくり腰」の凄いので覚えているのは、、、、
2003年/中国杭州のホテル。
2005年/中国桂林猫児山。
2007年/東京駅。
2008年/下北沢。
2013年からは「痛風」の激痛と仲良くなって、「ぎっくり腰」の激痛とは、しばらくご無沙汰していました。ここ2年ほどは、「ぎっくり腰」も「痛風」も、たまに軽度のしかやってこないので、安心していたのです。

通常、3日か4日で激痛は去ります(今4日目だけれど、まだ激痛のまま)。

でも、「ぎっくり腰」などは、どうでも良いのです(辛いけれど)。

本当に苦しいのは、頭と胸です。自分としては、6年間に亘り、これだけ大量の「痰・膿」が内臓に流れ込んでいれば、苦しいのは当たり前じゃないかと思っています。ことに、この2か月程は半端じゃない。それが原因で頭や胃や胸が 苦しいのは当前と思っているわけですが、お医者さんは、そうは思っていないらしく、僕の訴えは無視されます。「ぎっくり腰」とか「奥歯の破壊」とか、目に見えたり教科書の載っていたりすることには反応してくれるのですが。

日曜を挟んで、月曜に、改めて診察を受ける決意をしました(また電車賃340円がなくなって、残り1000円を切ってしまった)。総合病院(福生公立病院)の開院の8時半から、夕方の4時前まで、3か所(「脳神経外科」「耳鼻科」 「内科」(「口腔歯科」は10日ほど前に診察を受けたばかりだし、10日ほどに再診があります、いずれにしても鼻孔の穴をチェックしてくれるだけで、他に何もしてくれない事ですし)で診察を受けました。

結局は何もわからず、ほぼ徒労に終わりました。ただ、内科の医師が非常に丁寧に見てくださり、11月6日に肺の検査を詳しくしてくれることになったのが収穫です(それまではもう電車賃がないので来れない)。血圧がやはり200を超えていて、それをどうにかしなくては、と言うのですが、どうすれば良いのか?まあ、医師に任せるしかありません。

8時間近く病院にいて、午後4時に福生駅に戻り(この辺りは、スタバやマクドのWi-Fiを拾える)、朝から何も食べていなかったので、駅前の松屋で、ご飯だけ注文(160円)しました。

食べ始めて、息を吸い込んだとたん、またご飯粒が気管に吸い込まれてしまった。明日火曜は祭日なので病院休みです。まだ4時半、今なら間に合う、と思って、牛丼屋にパソコンなどの荷物を預け、病院に駆け戻りました。一足違いで受付終了。「救急に」回ってください、ということで、しかたなく救急に行きました。受付のおじさんは土曜日と同じ人で、親切に対応してくれました。

まずレントゲンで肺のチェック。僕としては、病院まで歩いて来れたぐらい(ぎっくり腰は歩いているときの方が痛みが和らぐ)だし、おそらく気管に詰まっているように感じるだけで、入ってはいないと思う、本当に入ってしまったら、歩いて病院まで来れないはず(これまでも何度も繰り返し同じことがあったけれど、最終的には大事には至っていない)、と自己判断していました。

いずれにしても、レントゲンを撮ったところで、ご飯粒が見えるわけでもないし、トータルな「苦しい状況」を訴え続けるしかない。

担当の救急医は、ごく若い女医さんでした。

一瞬不安に思ったのですが、凄く丁寧に見てくれました(この病院の医師・看護婦・事務員は、7~8割が親切です、残り2~3割のクソについては触れないで置きます、笑)。

僕「いや、大袈裟なことは分かっています、本当に気管に詰まってたら、こんな呑気にしてられませんし」。

女医さんは、レントゲンを見ながら、神妙な顔で意外な質問をしてきました。

「貴方はこの病院で何度もCTスキャンやレントゲン検査を受けているようですけれど、胸のレントゲンを撮るのは 今回が初めてなのじゃないですか?」

僕「そうだったですかね、、、、胸に大量の痰が、と訴え続けているので、一度くらいは肺のチェックをしてもらっている、と思っていたのですが、よく考えて見れば、チェックして貰えるのは、実際に穴が空いている歯と鼻孔ばかりで、肺のレントゲンは撮って貰っていなかったかも知れんです」

女医さん「以前のと見比べることが出来ないので正確なことは言えませんけれど」「まず、何度も気管に入っている、というのは、本当に入っていた可能性がありますよ」「ご飯粒など小さなものは、実際に気管に入っていたとしても、しばらく経つと痛みとかが無くなってしまうので、気が付かずに済まされることもあるのです」「しかし、それを繰り返していると肺を巡らせている毛細気管に菌が蔓延してしまいます」「この写真を見る限り、既にそのような状況になっている疑いが強いです」

そして「これだけの大量の痰が長い期間(今も嚥下を続けていることがはっきりわかる、と先生は言います)嚥下し続けていると、貴方のいう“説明のしようがない苦しさ”という状況も良く理解できます」「血圧云々(高血圧はパソコン作業に集中し続けて一度低血圧になった反動)」「頭が破裂しそうな感じ」「痺れているような感じ」「意識が無くなる感じ」「舌が火傷になったような感じ」「呼吸困難」、、、、全部そこ(大量の痰の嚥下)に結びついているような気がします。

「ここまでなったらもう遅いかも知れないけれど、まず痰をどうするかを早急に考えねばなりません」「6日診察の内科の先生にも、その旨打診しておきます」

僕が6年間訴え続けてきた、大量の痰の嚥下で苦しい状況を、初めて理解してくれたのです。ある意味、若い先生だったからかも知れません。医者は頭が良い人たちの集団ですから、「敢えて言えば感じとして」といったような(教科書には載っていない)訴えには、応じてくれないのです。

今回、非常に丁寧に診察してくださった内科の先生も、緊急室の若い先生も、女医だったことは、偶然ではないのかも知れません。某氏曰く、「うちの女房もそうだけれど、女性は感覚に頼るからダメなんだ、そういう意味で青山さんも女性的な欠陥がある」。

僕は、女医さんだからこそ、「感覚的な訴えを受け入れてくれた」のだと思っています。

それにしても、今回の「ぎっくり腰」は、余りにも強烈です。本当にぎっくり腰なんでしょうか?今までの例だと、もう痛みが取れてても良いのですが(痛め止めも全く利いていないですし)。明日あたり痛みが取れてくれることを願うしかありません。

ポジティブに考えて、ぎっくりの痛みで、ほかの部分の苦しさが、ほんの少しは和らいでいるのかも知れない、としておきましょう。とは言っても「頭が破裂する感じ」は、今現在も同時進行中です。睡眠剤を飲んで早めに寝て、明朝少しは楽になっていると、嬉しいです。
 
「良い日朝立ち」を繰り返して、なんとか生き抜かねば成りません。