社会の窓から

社会の窓を開け放ち、世界の人々と交わろう。

青山潤三日記 2020.3.25 今日のコロナ 「新型コロナウイルス」問題は、実は“存在しない”

数字的な裏付け(整合性)が取れれば、地球規模の「壮大な(敢えて言います)カラクリ」を見破ることが出来るのではないか、と思っています。
 
ちなみに、例えば「癌」という病気は、見つけて“強引に”退治(排除)しようとするから大事に至るのであって、、、、知らないで放っておいても治るときは治るかと(むろんダメなときはダメ)、、、。
 
そのような指摘は、何人かのお医者さんもしてると思うのですが、それは公には広まらない、、、、一種の「自主規制タブー」なんですね。
 
さて、「現代ビジネス」は、最近は結構「反社会的」(注:大衆に迎合しない、という意味)記事が多く、頼もしく思ってるのですが、さきほど究極の「迎合記事」が出ました。
 
失踪した中国人研究者の「消されたコロナ論文」衝撃の全訳を公開する

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71310
 
これは、さぞかし受けるでしょうね。
 
いろいろな(互いに異なった)見解を載せる「現代ビジネス」の姿勢は、非常に良いことだと思います。
 
その前提で、、、、、?????がいっぱいで、一体どう考えれば良いのでしょうか?
 
>自治体の報告と31人の住民および28人の訪問者の証言によると、コウモリは食料源だったことはなく、市場で取引されてもいなかった。

この記述には、ビックリしました。野生コウモリは、湖北省でも広東省でも、普通に売られていて、普通に食用になっています。この論文を書かれた方も、当然そのことは知っているでしょうから、なぜ敢えてこのような記述を行ったのか、その辺りに興味があります。
 
>コウモリは通常、洞窟や森に生息しているものだ。だが、海鮮市場は人口1500万人の大都市である武漢の住宅密集地区にある。コウモリが市場まで飛んでくる可能性も非常に低い。

これも変ですね。武漢などの大都市の中心部でも、何種類ものコウモリが飛び交っています。書かれた方が、そのことを知らないわけがないし、、、、。
 
穿った見方をすれば、このような「報道」が、あえて為されている状況にあることが、今回の「新型コロナ問題」の中心にあるように思うのですが。
 
僕は、この記事の執筆者に対しても、掲載した編集部に対しても、まったく非難をする気持ちはありません。何度も言うように、報道には「いろいろとある」ことが大事だと思うので。
 
でも、中国人の大半の人たちは、この記事を読んで「なんか変?」と思うことでしょうね。
 
日本人の執筆者は単に仲介者ですから、原稿料が貰えればいいわけで、特に意図することはないのだと思います。
 
ただし、オリジナルの出どころに於いては、「確信犯」的な意図が背景にあるようにも感じます(「記事」や「記者」が消えたのは、用事が済んだので姿を隠しただけでしょう)。
 
香港デモの際に、海外の記者たちの前で、「警察よ、どうか私を殺さないでくれ!」とパフォーマンスを行ってた人と、同じなんだと思います。
 
むろん、醒めた目で見る人も中にはいるでしょうが、大多数の「大衆」に対しては、絶大なアピールをし得たはずです。
 
メディアが(結果として)世界を動かしているのだということを、関係者の方々には、肝に銘じておいてほしいです。

 

2020.3.24 青山潤三日記

コロナ。これを言っちゃお終いだけれど、「なんか変だ」、、、みんな、そう思っているでしょう?

 

パンドラの箱、開けちゃったんじゃないかと。

 

例えば「クラスター」という、僕には意味が良く理解できない胡散臭い単語が蔓延ってますが、なんか、壮大な(意図的か否かはともかく)「誤魔化し劇場」が仕掛けられているみたいに感じます。

 

といった発言をすると、世の中には信じられないほどの単純思考の人間が余りに多いようですから、彼らのステレオタイプ的な解釈でポジションを決めつけられてしまうのが、ちょっと怖いです。

 

例えば、「現代ビジネス」の記事に関しては、「この人は中国の手先、膨大な報酬を貰ってるはず」とかの意見もあります(どうすればそこまで短絡的な思考が出来るのでしょうか、、、もっとも、そんなことが可能なら、やってみたいですけれどね、笑)。一方、今回のような発言をすれば、「日本政府への忖度」とか言われかねません。

 

もちろん、個別の様々な懸念すべき問題はあるわけですから、それらを否定はしません(医療従事者の感染問題とか、米中の陰謀説とか)。でも、それらのことは、一度切り離して考えるべき別問題でしょう。

 

それはともかくとして、新型ウイルス感染による死亡者数/死亡者の中の新型ウイルス感染者。

これは、「イコール」の図式では測れない(次元が異なる)のではないか、ということ。

 

僕は、日本帰国以降、猛烈な吐き気と頭痛が収まらず、連日医者通いです。といって、医師との間に、コロナの話題は微塵も出ません。それが「正常」な状況なのだと思います。

 

中国でも、イタリアでも、昨年中から感染者がいた、という話題がちらほら出始めていますね。そりゃそうでしょう。僕なんて、33年間中国にいて、数えきれないほどの「未知のウイルス」に感染している、と思ってますので。

 

ざっくり計算して、数か月に一度くらいの割合でしょうか、1~2週間ほど、原因不明の腹痛とか眩暈とかが続きます。そんなとき、中国の知人や医者は、「それはウイルスに感染してるね、しばらく静養して、体力を付けて、切り抜けなさい」と、笑って言います。

 

今なら、“それは危機感がなさすぎる、「非科学的」な対処の仕方だ”、と言われてしまうでしょうね。

 

「科学的」な解決がすべてだとしたら、じゃあ、実際にどう対応するべきなのか? 人々は、人類に於ける「科学」の在り方を、過信しすぎているように思えます。

 

結局のところ、「感染防御」に関しては、「無視する」(あえて感染を見つけない)か、「徹底する」(完璧に排除する)か、どちらかじゃないでしょうかね。

 

たぶん既に皆感染している(あるいは早晩感染する)んじゃないかと。

 

この流れは、「老人問題」「優勢思想」そして(根源的な部分での)「報道の在り方」に繋がっていくと思います。

 

そこにあるのは、「空気」への「同調」と、「排除」の問題。

 

そして「表現の自由」のまやかし。

2020.3.22「現代ビジネス」掲載記事のコメントに関する感想

ヤフーニュース、僕もチェックしました(1/5程)。おかげ様で、まあまあな反応ですね。でも、今のタイミングで、ちょっと目先が変わったことを言えば、このぐらいは食いついてきて当然かも知れません。
 
今回つくづく思ったのは(最初からわかってましたが)、頭から否定するコメントが、笑ってしまうほど、多いこと多いこと(「現代ビジネス」そのものが偏向メディアだというのも含めて)。
 
僕の記事のヤフーコメントは、通常10対1ぐらいの「反対」「賛成」コメントの割合ですが、今回は100対1ぐらいですね。
 
読者数が増えた一番の要因は、むろんタイトルと冒頭文の斬新さ?なのでしょうが、一応読んでくれることも、頭から否定されることもわかっていたのだから、だったら、(大半の読者は後ろのほうは読まないので)「米中の陰謀説や思惑は置いといて」「中国の体制や衛生概念が直接の原因とは筆者も理解している」という前提を先にあげていたほうが、「攻撃」される割合は少なかったかも(笑)。
 
そのうえで、「こんな方向からも見れるのではないか?」という流れで示す、、、、。それじゃ甘いですかね。
 
「病院内パニック」「ある意味隠蔽成功」を(大多数の読者に挑戦的に)もっと訴えてもよかったかも知れないと思っています。
 
 
ちなみに、(僕の記事に関わらず)ヤフーコメントで、「異論」(僕の記事に対しては賛同)のコメントを見ようとすれば、全体の最後のほうか、新着コメントをチェックすれば良いかと。皆が目に付くところに、「大衆同調」の意見が集められてしまう状況が、ちょっと怖いと思います。
 

 
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幾つかを拾っておきました。
 
*まず典型。膨大な数の批判コメント中から、2つだけピックアップしておきます。
 
>筆者は本当に私達と同じ社会に生きる人間だろうか。余りにズレた主張に驚いた。
 
>You tube を規制するのもいいけど、こう言う人も規制するべきでは?
 
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*批判でも賛同でもなく、僕が最も気に入ったコメント。同感です。
 
>単に一番最初に気づいたのが中国だっただけで、とっくに全世界に拡散されていたんじゃないの。欧米は医療制度の問題で診療を受けること自体のハードルが高い。武漢以前の発症例のうち、大概は風邪、もしくはそれに類する疾患として処理されていたのでは?
 
 
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*賛同のコメント以上に嬉しいのは、「自分の意見がちゃんとある批判」の意見です。
 
 
*どちらかと言えば批判的な意見
>重症性呼吸器症候群SARS2002年11月6日中国広東省発症。
新型肺炎コロナ2019年11月17日中国武漢発症。
これは香港メディアが発表。
ちょうど春節前に発症。
どちらも中国。
どちらの発症都市には中国国立のウイルス研究所があります。
どちらも発症は11月。
どちらもコウモリ、遺伝子も似ているそうです。
この共通点、どう鑑みても何かあるのでは?と疑念を抱いてしまう。
もし、人工ならば安価で少しのウイルスで感染力莫大、一般人は知らない間に運び屋となる。
数か月で世界に移住している中国系の人から広がる。
数か月で世界経済に打撃できる。
自分達も被害者だと装えば(中国の初動の失敗はわざと?)、誰がやったかは証拠が見つからない。
怖い事ですね。 あくまでも個人の憶測ですよ。
 
 
*おおよそ中立の意見
>生物多様性と関連付けた点、興味深いです。
ただし、今回の武漢ウイルス、正式名SARS-Cov-2とキクガシラコウモリ由来のSARSウイルスとの遺伝子配列相同性は80%しかないと言われていますので、同一宿主の遺伝子多様性のみで説明するのは難しいかと思われます。20%の遺伝子配列の差が、非選択的な突然変異なのか、人為的なキメラ等選択的な改変なのかは、すでに世界中の研究者が調査中でしょう。中国政府は、自然発生的な変異の可能性が極めて低いというデータを元に、野生生物由来という主張から一変し、犯人探しとも思われるコメントを展開し始めたのでは思われてなりません。
武漢ウイルスの発生場所から推測し、武漢のP4施設で行われていたSARSウイルスのワクチン研究のための弱毒化人工ウイルスが事故で漏れ出したと考えるのが一番しっくりきます。そうだとしても、その証拠データは人も含めて隠滅されているでしょうけど。
 
 
*ほぼ賛同の意見
>もし、COVID19が自然発生したウイルスだとしたら、SARSウイルスと同様、キクガシラコウモリの中で完結していたウイルスのライフサイクルを、中国人がコウモリを食用としたことで破壊し、COVID19が漏れ出たのではないかと思う。
コウモリは他の哺乳類と異なり、自らが分泌するインターフェロンの種類が極端に少なく、ウイルスを免疫排除しにくい。
COVID19も、キクガシラコウモリの体内で、免疫干渉を受けずに繁殖できるが、COVID19の受容体となる蛋白体がヒトとは異なり、コウモリの生理機能と無関係な蛋白体を、受容体として利用しているので、コウモリ自体は発症しない。
いわば、COVID19とキクガシラコウモリとは共存状態にあったが、中国人がコウモリを食用するため、COVID19がヒトと接触する機会が増え、さらにCOVID19の受容体となる蛋白体が、ヒトのACE2と偶然に一致したのが原因と思う。
 
 
*賛同・批判に関わらず、以上3つの真面目な議論があったのは収穫だと思います。
 
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*これは一応反論コメントですが、冷静客観的で頷けるところがありますね。
>「移動禁止令」は、春節での都市部から農村部への大移動が終わったタイミングでなされました。それが都市部から人を減らし、武漢以外でのパンデミックの封じ込めに寄与・・は一理あります。
中国企業はお正月を境に気に入らない従業員を首にして故郷に帰ってもらいますから(ボーナス持たして)
しかし反論として
①中国人のお正月へのこだわりは凄く、帰郷させなかったら、中国人民は大暴動発生でしょう。
③但し、労働者の故郷への移動の汽車は「三蜜=密閉+密集+密接」ですからね。
失敗すると蔓延しまくりでしょう。
ここは中国の専門家会議が賢く、患者数の状況を見ながら、最後は完璧なロックダウンするつもりで暴動を抑えながら蔓延防止を実施したのでしょう。
中国滞在歴8年経験者より。
 
 
*この問題については、僕も(いろんな意味で)気になってます。
>なぜ今か。確かに偶然ではないように感じる。アフリカではバッタが大量に発生。最大規模らしい。移動しておりもう中国に迫る勢いだとか。これらの事が何か必然的に起こっているかのよう。
 
 
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*以下は、賛同コメント(全体からすればごく少数)です。
 
>組織的に中国を批判し、そのまま信じる優しい国民!
客観的判断ができない一般市民がどんどん増える。
思想統制が中国より怖い!
 
 
>感情的な国家間の問題じゃない!
地球は壊れて行っています!
温度が上昇して、森林伐採、森林火災
何億年も凍っていた凍土も溶け、もう止められない?人間が壊して来た地球!
ウイルスも行くところがないんですよ!
 
 
>最初からやるべき課題。
 
 
>確かに...急激な発展に環境汚染や生態系への影響"自然界とのバランス"に対する視点は欠けてましたね...発生のメカニズム解明が出来、改善しないとまた第2第3とウイルスがやって来る気がする。調子乗ると"罰当たりが"って感じ?
 
 
> >>今回の武漢における惨状と爆発的拡散の最大の要因は、メディアの無責任ともいえる煽りたてによって、診察の必要のない人たちまでが不安に駆られて病院に押し寄せ、パニックに陥ったことによる、と考えています。
↑激しく同意します。武漢、イタリアなど見てると、医療崩壊が最大のリスクと感じます。
 
 
> >>多様な生物の「遺伝子のプール」たる中国の国土を再び見つめなおすこと、はるかな過去から引き継がれてきた自然との共存に舵を切ること、それこそが必要なのだと思います。 
「新型コロナウイルス」は、ひたすら効率だけを求める「超近代化」に対する、自然界から人類への警告であると、筆者は感じています。
↑この結論に深く同意致します。老荘思想が掲げた「無用の用」を想起させます。この世の中に無用なものは何も無く、皆、それぞれに存在意義があり、それらの連環の中で人類は生かされているという事を再認識すべきでしょう。
 
 
*これは、ちょっと褒めすぎですね、、、、(汗)
>今まで、この文章は、一番反中嫌中なく、日本人の変なプライドを捨てて、客観的、科学的なプロの説です。この着眼レベルは、もう中国政府、トランプと米国政府、たくさんの日本人の価値観、大局観を上回、賢明なプロの日本の方です。偉そうにご評価させて、恐縮ながらも、このような方々がいらっしゃるからこそ、日本は、まだ、希望を持っていられる。先生、ありがとう!
 
 
*この方の指摘のように、膨大な量のステレオタイプ的な(批判)コメントがあるわけで、、、。
>あなた[注:批判コメント主]こそアメリカの肩お持ちすぎでは。あなたが言う人為的とは。あなたが、その目で見たのか。見てもいなこと平気で言うのは、無知すぎないか。こういう無責任な発言が、自由の国で出来る特権なら恐ろしい。この筆者は、事を科学的論じているだけ、理性的。
 
 
*これぐらい皮肉たっぷりの切込みが必要でしょう。
>やはりインターネットはバカから取り上げて
ごく一部の研究者とかの間で使うべきだな
ここ見ててもバカにインターネット与えるとしょーもない
デマ拡散するだけのバカ連鎖ツールでしかないことがよくわかる
トップコメが「遺伝子が数%変わった」
「自然界では起こることではない」「明らかに人為的だ」
こいつは一体どこの研究者でどういう検証結果に基づいて
その発言をしてるのか?どこからその情報を得てきたんだろうか?
賛同してるやつらは一体何者?
実際のところ、遺伝子変異を発見と報告しているのは
中国の研究チームだが、世界中の科学者達が検証している最中に
その情報が正しいと信じている根拠は一体なんなのか?
一般人では到底理解できない研究結果から自分にとって
わかりやすい情報だけ切り抜いてさも事実かのようにコメントする。
正気の沙汰ではない。
 


*今チェックした最新コメントです。
>現代ビジネスさんを見ると、新型コロナウイルスについては冷静な記事が目立ちます。
今回は開拓に伴う遭遇説ですが、先日は武漢の研究施設からの漏出説も出ています。
余裕があればここ2か月の記事を追いかけてみるものいいかもですね。


 
*これは半分批判的な?コメントですが、最後の一行が秀逸!
>中国が人為的に造ったウイルスであれば許せないが、その可能性はゼロに等しいとスイスのニュースで言っていた。そのニュースによると既存でないウイルスからここまで強い感染力を持つウイルスを造ることは今の技術では不可能だそうだ。まだまだ人類は自然の未知には及ばないと。
ただ、個人的には研究所から漏れたというのが説得力ありすぎる気がします。
それはさて置いて、大人気ないアメリカに対する中国の言い返しが酷い。
 

 

*いつも温かいコメントを下さる「大地の子」さん、ありがとうございます。
>この大胆なアプローチはもしかしたらと思いながら読み進めていくと、やっぱり青山さんの文章でした。多くの反響があるようですけど、もちろん青山さんはウイルス漏洩説や生物兵器説などは承知の上で、それでもあくまで鳥瞰的な自然の営みの一環としてこの現象を捉えていらっしゃるのが素晴らしいです。

2020.3.18 チョウの話 ② 千葉の「ヤマキマダラヒカゲ」は決して「ヤンキー」ではない

チエちゃんから、①に対して、


>アサギマダラではなく、別の蝶の話題だったと思うんで、思い出して、別メールをもういっかい送ってください、という厚かましい催促が来ました。


今、速攻で書いて再度送信しました。

 

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アサギマダラの話だったと思うけれど、、、。


でなければ、中国から飛んでったのではなくて、千葉県だけに(姿や生活様式を変えて)生き残った、「キヨスミヤマキマダラヒカゲ」の話。1979年頃の、東京大学演習林紀要(あるいはその数年後の日本鱗翅学会の学会誌)に書いてるので、ネットで調べれば出てくると思います。


今から数10万年前(間氷期と言われる地球の気温が高くなって海が上昇した時)、千葉県(房総半島)は本州から切り離されてしまいました。それまでは、千葉県も結構寒かったので、今本州の高い山に棲んでいるような生物たちも、千葉県にも分布していたのです。しかし、気温が高くなっては、棲むことが出来なくなってしまう。行く末は、普通に考えれば、次の2つです。①観念して「絶滅」してしまう。②ほかの場所に逃げる。


山の上に逃げれば、暑さを防ぐことが出来ます。実際、ほかの日本の各県(沖縄県以外の全県に分布)に棲むヤマキマダラヒカゲは、(北海道など低地でも寒い地方は別として)山の上に避難して、今は、通常標高1000m以上の山地帯でだけ見ることが出来ます。


しかし、千葉県には200~300m台の、ごく低い山(最高峰はたぶん408m)しかありません。山の上に登っても、たいして涼しくはなりません。といって、県外(房総半島の外)に脱出することも出来ないのです。他の関東地方と、千葉県(房総半島)の間には、海が広がってしまっています(一番近い山は茨城の筑波山、東京の高尾山、神奈川の丹沢など)。ヒカゲチョウの仲間は、アサギマダラのように、海を渡る能力は持ち合わせていない。


残念ながら①絶滅してしまうしかありません。


しかし、彼らは往生際が悪かった。千葉県にしがみついたのです。逃げもせずに、絶滅もせずに。


ヤマキマダラヒカゲによく似た蝶に、サトキマダラヒカゲがいます。見かけがそっくりなので、以前はともに「キマダラヒカゲ」という1つの種に含まれていました。しかし、体の細部の構造(特に幼成期)や、生活パターン、生理的な仕組みが違うことから、実は2つの全く異なった種からなっている、と見破ったのが、静岡大学の高橋真弓氏(上記麟翅学会会誌の論文は氏との共著)です。


ともに日本の固有種ですが、名前の通り、ヤマキマダラヒカゲは主に高標高地に、サトキマダラヒカゲは主に低標高地に棲んでいます。両者は、基本的に別々に棲んでいるのですが、といって、いわゆる「棲み分け」ているわけでもありません。もともとの生息地が、それぞれ山と里で、かつ、もともと血のつながりが薄いので、仮に一緒に棲んでいる場合でも、交雑するようなことは起こりません。


もちろん、千葉県にもヤマキマダラヒカゲは、普通にいます。脱出に失敗し、絶滅も嫌なヤマキマダラヒカゲは、「そうだ、こいつら(サトキマダラヒカゲ)の真似をしよう!」と考えた?わけです。


そのためには、姿形や、生活パターンや、生理的機能(結論を言うと、暑い夏の間は、蛹で休眠する、という方法を獲得した)を変えねばなりません。


これを、生物学的表現では、通常「適応」というのですが、僕は、この言葉が嫌いなので、(というかいろんな疑問があるので)使いません。代わりに、こういう表現をします。


敢えて落ちこぼれ、変わり者、になった。いわばヤンキーですね。「本家」の、千葉県以外に棲む、正しい「ヤマキマダラヒカゲ」からすると、異端者・異常者です。


で、大事な話はここから。


もし仮に、将来気候変動とかなんだかんだあって、これまで通りの生活が叶わず、「本家」が絶滅の危機に瀕してしまったとき、案外生き残ることが出来るのは、すでに「異端者」であるところの「キヤスミヤマキマダラヒカゲ」*のほうではないかと。


〈*高橋先生と僕で、新たな亜種名を付けました。僕は、新種とかの命名には全く興味がないので、例外中の例外で、ことに「亜種」という認識は基本的には必要がないと思っています。ヤマキマダラヒカゲは非常に地域変異が多い種なので、亜種名を付けようと思えばいくらでも付けられるのでしょうが、僕が認めているのは、屋久島亜種と房総半島亜種だけです。〉


このことは、人類の将来に置き換えることが出来るかも知れません。もし、近い将来、地球上に何らかの大異変があったときに、生き延びることが出来るのは、エリートたちや金持ちたちではなく、今はひもじい思いをしつつ暮らしている、我々貧乏人のほうではないか、と。さらに穿った見方をとれば、「健常者」ではなく「異常者」とされている人たちが、生き残るのではないか、と。


もひとつ、さらに重要な話は、この後です。


「キヨスミヤマキマダラヒカゲ」は、必ずしも「新たな環境に適応して特殊化した」わけではありません。「本家」たちが捨て去ってしまった、「本来の性質」を再現することによって、生き残ることが出来たのです。


確かに、日本のほかの地域に棲むヤマキマダラヒカゲ「本家」から見れば、キヨスミヤマキマダラヒカゲは「異端者」です。


ヤマキマダラヒカゲの仲間は、東アジアに固有の属で、中国大陸や台湾に数種が分布しています(実態は分かっていない、キマダラヒカゲ属の新たな分類について知りたい方は僕が「あや子版」のどこかに書いてるので探してください)。


そのうちの、中国大陸の長江周辺地域に棲む種を、詳しく調べました。一応、日本のヤマキマダラヒカゲと別種になっているのですが、極めて強い相関性があります(同一種と考えることも可能です)。


こちらが「本家」のさらに「総本家」と言えるわけです。で分かったことは、「異端者」であるはずの、千葉のヤンキーたちは、(本質的な形質に関して)「総本家」のほうとむしろ共通する部分が多かった。


キヨスミヤマキマダラヒカゲは、(より大きな立脚点から見た場合)決して「異端」なのではなく、むしろ「正統」であると。「現在の日本」という視野からは「正常」とみなされる「本家」のほうが、もしかすると世界レベルでは「異常」なのかも知れない、という(我々にとっては少々都合のいい、笑)お話です。


具体的な話については、「海の向こうの兄妹たち、上巻、第一章」に書いています。7年前に刊行した自主制作本のこの本は、残念ながら一冊も売れていない。興味ある方は買って読んでください、とノートに宣伝しておいて!!。

2020.3.18 チョウの話 ① 「アサギ・F・マダラ」と「アサギマダラA」

昼前に起きて、今スタバに来てパソコンを開いて、いつものようにチエちゃんから来たメールをチェックしました。

 

>蝶の話を思い出しました。

変わり者の蝶だけ日本に飛んでったかなんか前に青山さんから聞いた話、今の人間の世界に繋がると思うんでノートかブログに書いてください。

 


以下、僕からの返事です。一気に、猛スピードで、数分で書きました。

 

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>変わり者の蝶の話、どんなんだっけ? 覚えてないです。

 

一応、心当たりを書いておきます。難しい話になりますよ。頭のいい臼杵氏には理解不能。チエちゃんは分かるかも知れませんね。


中国から日本の高い山に飛んできたチョウなどいません。

 

何100万年、何千万年前から、中国と日本の高い山に棲んでいて、何百万年もの間、離れ離れになった種たちはいますが。


鳥はいます。トキです。多分中国の秦嶺(「野人」のいる湖北省の神農架の隣)から、比較的新しい時期に飛んできて佐渡に住み着いた。それを崇めまつったのはいいけれど、人間の勝手で絶滅させてしまった。それをまた人間の勝手で、中国に頭を下げて、秦嶺から分捕ってきて、繁殖回復、と喜んでいる。

 

あるいは、チエちゃんのいう蝶は、アサギマダラのことかな?


以前、僕が頼まれて広西壮族自治区の山で調査しました。頼んだのは、大阪の植物園園長さんの友達の別の博物館の偉いさん(もう引退してる)。


この蝶は、香港とか、中国南部の「低い山」から、何千キロと飛んで、日本の東京とか東北地方とかの低い山まで移動します(翌年次の世代がまた華南に戻る)。


同じ仲間で有名なのは、メキシコ半島からカルフォルニアの北部などに大移動するオオカバマダラ。


同じオオカバマダラでも、フロリダ半島とかキューバとかからのものは、基本的にニューヨークなどには移動しない。


アサギマダラに話を戻すと、日本でのチェックは大ブームになっていて、誰もかれもが大騒ぎしつつ参加しているけれど、「出発点」の実態は、まったくわかっていない。僕は頼まれてそれを調べに行ったのです(多分ネットで探すとその論文が出てくる)。


実は、アサギマダラは、同じ場所に、そっくりな種がもう一種棲んでいて、こちら(クロアサギマダラ)は移動しません(したがって日本には来ない)。


で、実は実は、なのですが、「本物の」アサギマダラの中にも、2つのタイプがあるようで、東北方向に向かって、沖縄や日本に移動する(例えば「アサギ・F・マダラ」としておきましょう)タイプと、西北方向の四川雲南やヒマラヤ地方に移動するタイプ(いわば「アサギマダラA」)があって、後者に関しては、日本で熱狂的にブームに乗っかっている人たちは、まったく関心をもっていません。よって、実態は全く分かっていない。


それぞれを、どのような位置づけでとらえるか、、、。同一種の別生活型、とするのか、「亜種」とするのか、実質「別種」とするのか。現状では答えは出せないのですが、言えるところは、日本人たち(研究者を含む大衆)が、この蝶の直接日本に関係ない移動の実態に関心がない、ということ、そして本当に(日本での)実態を解明したいのなら、"種”のアイデンティティを解明するために"日本に来ている”集団以外(アサギマダラA)の実態解明に取り組まねばならない、ということです。

 

それは、例の「新型コロナウイルス」に、サースとかマルスといった名前が(これだけ大騒ぎしているのに)まだついていない、ということにも繋がります。「新型コロナウイルス」は、どうやら“種”としては「サース」そのもので、しかし、(何かが異なっていて)分類上は同一種、別の視点から見れば「別物」であり、新しく「種の名前」を付けようがないのです(「サースである」とも「サースでない」とも言い切れない)。

 

「新型ウイルス」を解明するためには、(いわゆる旧サースを含めての)その「オリジナル」の解明が必要なのです。


*ちなみに、日本に大量に飛んでくる、みんなが大好きなアサギマダラ(すなわち、アサギ・F・マダラ)も、厳密なことを言えば、学名(種小名)は付けられない状態です。

 

2020.3.16 日記

昨夜(きょう未明)大量喀血。イカの足が刺さった時(昨夏アテネのレストランにて)の10倍ぐらいの量で、部屋中血の海になりました。今回(軟口蓋内面に)突き刺さったのは、イカの足ではなく、ご飯つぶの塊です。


救急車で病院に行き、なんとか助かりました。声出ないので、外務省とギリシャ大使館への問い合わせは明日にします。


明日は、都心で、「現代ビジネス」U氏とランチ、「週刊金曜日」Sさんとディナー。それまでに、食事ができるように治しておかねばなりません。


いずれにしろ、深夜に物を食べると良くないみたいです。それで、部屋に帰ってからは物を食べない、と決意したのだけれど、今日月曜日は、全天ぷら半額セールの日です。大好物のナスビの天ぷら55円、特大メンチカツ75円、、、、もう一日決意を先伸ばしにしようかと、迷ってます。

 

ちなみに、夜寝る前には、ほぼ毎日放出していたのだけれど、先週あたりから、出さないことにして、今のところ、こっちは守ってます(血圧平均180で、出すと頭と心臓がパクンパクンとなってしまうので)。

 

それはともかく、一年で一番大事な“桜の咲く時期(=重要な春の蝶の活動期)”には、この15年間ほど、毎年資金がなくてフィールドに出られず、悔しい思いをし続けてきました。

 

しかし今年は、絶妙のタイミングで(香港の出版社から)20万円余の原稿料が入ってきた!

 

で、今年こそ、フィールド(3月:ギリシャ・エーゲ海の「春の女神・萌葱蝶」探索/4月:中国・湖北省の「春の女神・虎鳳蝶」探索)に出陣、、、、と喜んだのもつかの間、コロナのおかげで、全部パーです。

 

まだ望みは捨ててませんが、、、仮に行くことが出来ても、顰蹙を買ってしまいそうですね。

潜在的肺炎老人の新型ウイルス遭遇日記

 

筆者は、今回の「新型コロナ肺炎ウイルス(以下“新型ウイルス”と表記)」騒動の最中、武漢からの南の出入り口である広州・深圳・香港に滞在し(1月9日~2月3日)、「新型ウイルス」に対する現地の受け止め方の推移をチェックし続けてきました。記者でも識者でも医療関係者でもない、一般人の筆者(中国と日本を行き来して今年で33年目になります)が感じたことを書き留めておきます。

 

「新型ウイルス」の存在が多くの人々に知れ渡ったのは、今年に入った1月16日。人→人感染の可能性を示唆する「濃密接触云々」の報道からです。

 

中国でも当初、武漢以外の一般市民の関心は低かったように思われます。一応「人から人への感染可能性」の情報は、中国(本土も香港も)の市井の人々に行き渡ってはいましたが、まあ、いつものこと(毎年冬はインフルエンザを始め様々なウイルスが蔓延するので、今年も注意しておこう、武漢の人は災難だね)ぐらいにしか捉えていず、さほどの危機感は感じられないでいたのです。

 

それが一変したのが、1月24日、日本の大晦日に当たる「徐夕」の日です。この日は、中国の田舎では一年で一番忙しい日です。この日のうちに、何から何までの春節の際事の準備を済ませねばなりません。自分たちの作業に集中しなくてはならず、たいていのインフラがストップしてしまい、筆者など部外者が途方に暮れてしまうのも、この日です。

 

多くの中国人は、春節初日の約一週間前(今年の場合は1月18日前後)に都市部での仕事を終えて、田舎に向かうのです。これから後の2週間ほどは、中国各地の大都市は、ゴーストタウン化してしまいます。

 

その、大半の都市部住人の帰省が終えた1月24日になって、政府が正式に危機を発令し、中国国内の一般市民の多くが危機感を共有し始めました。都市に残った人々の間でも、それまではちらほらとしか見かけなかったマスク姿が、一気に激増しました。地下鉄の入り口などでは発熱検査が行われ、人々の口からも不安の声が一斉に上り始めました。

 

 

集落閉鎖という恐怖

 

今回の「新型ウイルス」の発生元とされる武漢は、中国有数の大都市です。人口1100万人とされていますが、それは行政上の「武漢市」であって、実際の都市圏人口は、3000万人とも5000万人とも言われています。

 

武漢自体の都市としての規模もさることながら、重要なのはその位置です。北の北京、南の広州・深圳・香港、東の上海、西の重慶・成都の、ジャンクションに位置しています。武漢と各大都市圏の間には、飛行機や高速列車や高速バスが頻繁に行き来していて、それぞれの大都市圏人口は1億人前後と見做してよいでしょうから、実質的には中国の半分ぐらいの人々が、武漢を通して日常的に密接に関わりあっているわけです。

 

それら東西南北の大都市圏はまた、日本を含めた国外各地への主要出入り口でもあります。ということは、世界の各地でも、「対岸の火事」と呑気に構えてはいれなくなってくるわけです。

 

筆者のいた広州市も封鎖(外部地域との交流禁止)された、という情報が広がりました。市政府は、それはデマだ、封鎖はされていない、と声明を出しました(1月26日時点)。でも実際、筆者が住むボロアパートの一帯は封鎖されてしまっています。集落の周りがぐるりとテープで取り囲まれ、バスターミナルに接した側には、10人ほどの町民が、手に手に棍棒などを持って、出入りしようとする人間を、すごい剣幕で追い返すのです。まるでホラー映画の一場面のような異様な光景です。

 

今回がこれまでの出来事(2003年のSARSなど)とは違うのは、情報が溢れすぎていること。報道の内容が錯綜し、正直どの情報が事実で、どれがフェイクなのか、判断がつきかねるのです。

 

といって、このままでは筆者も集落から出れなくなってしまいます。予定を早めて香港に向け緊急脱出することにしました。

 

 

黒マスクから青マスクへ

 

つい数か月前までは「黒マスク」で覆われていた(当初の用途は「催涙弾除け」で後に「身分隠し」が目的になったその推移は昨年8月4日付けの「現代ビジネス」に記述)香港の街は、今度は「青マスク」で覆い尽くされていました。よくよくマスクに縁がある街ですね。

 

そのマスクですが、広州-深圳-香港での地下鉄乗車時(1月31日と2月1日)に、筆者と同じ車両に乗っていた乗客のマスク率とマスクの種類を数えてみることにしました。一部報道では「防御には特別なマスクが必要」とされています。どんなマスクが効用があるのか筆者にはよくわからないのですけれど、とりあえず立体的なものと外観が物々しいものを「特殊マスク」としてカウントしました。

 

広州と深圳の地下鉄乗客(7路線29駅間270人をカウント)は、マスク着用率100%、うち特殊マスク

約25%、乗車時にマスク着用が義務付けられているので、マスク無しはむろんゼロです。

 

一方、香港の地下鉄(4路線17駅間279人をカウント)では、マスク着用率約95%(うち特殊マスクは1%余)、マスク無しが約5%。

 

香港側では中国側と違って、乗車時の体温検査もありませんでした。危機感の高さは、本土のほうが上回っているように思えます。見方を変えれば、(事の良し悪しは別として)「しばりつけ義務」の中国本土と「自由を選べる」香港の、体制の違いからくるものとも言えるでしょう。

 

ちなみに、香港の欧米人の多くは、マスクをしていませんでした。欧米人にとっての“マスク”は、かなり特殊な存在(重病人や劣悪環境で作業する人のみが着用するものと認識)のようですが、アジア人にとってのマスク着用は、日常的なマナー(いわば「付和雷同」「事なかれ主義」の象徴)として、文化に溶け込んでいるのだと思います。

 

 

実は日本の方が危ない?

 

2月3日、無事成田空港に戻ってきました。中国側のイミグレーションで、いつもとは違って出国のための複雑な書類記入を行ったこともあって、日本入国に際しては中国以上の複雑な手続きや検査が為されるものと、気が重くなっていたのですが、拍子抜けでした。

 

いつもなら「どこに行ってきたのですか?」と訊ねられる質問も、荷物検査もなし。「ウイルスチェックはしなくて大丈夫なんですか?」と言っても、「心配なら自分で保健所に行ってください」、、、それだけ。

 

すぐに保健所と病院に行き、中国からの帰還を自己申請しました。しかし、「一定以上の熱がある」「最近湖北省に行ったか湖北省の人と接触した」人以外は、検査するわけにはいかない、との答え。

 

中国からの帰還者を一人ひとり検査していてはきりがない(実質不可能)という事はよく理解できますが、「湖北省の人との接触経験の有無」と言われても、ナンセンスだとしか思えません。誰でも中国の大都市に滞在中は、数多くの湖北省出身者と何らかの形で接触していたことでしょうから。

 

結局は、潜伏期間といわれる14日間(その根拠の是非はともかく)を自己規制しつつ過ごすしかありません(後述するように、そこらあたりの規制は中国のほうが徹底している)。

 

むしろ日本に帰ってからの感染が心配です(「新型ウイルス」に限らずインフルエンザなども含めて)。人込みの中に置かれる機会は、日本での方が多いような気がします。ゴホゴホ、ぐしゅぐしゅと、多くの人がやっている。中国では、よほどデリケートになっているのか(たぶん疾患者は強制的に閉じ込められているのだと思いますが)、街角で風邪を引いている人にはほとんど出会わなかった。

 

この記事を書いている時点で、中国を出国してから20日近くが過ぎました。ひとまず今回の「新型ウイルス」感染からは免れているのだとは思いますが、この先どうなるかは分かりません。

 

中国に30年余も暮らしていると、原因不明の腹痛や、風邪が長引いたりすることが度々あります。中国の友人たちからは、「あ、それはウイルスに感染している!」と言われます。中国では、しょっちゅうと言っていいほど未知のウイルスが発生しているらしく、筆者もこれまでに何度も感染を繰り返して来た事と思われます。

 

筆者は、もともと肺に疾患があって、日本滞在時は病院で常に肺のチェックを行っていますが、ここ数日はお腹の気分が非情に悪く(下痢はしていず痛みもない)、眩暈が酷いのです。

 

医師も保健所の方も「それはウイルス感染かも知れませんね」と言います。「多分、いわゆるノロウイルス、もちろん“新型ウイルス”の可能性もあるでしょうけれど、とはいっても“新型ウイルス”も数多くあるウイルス(約2000種、それぞれに性格が異なる)のひとつだから、それだけを特別視して検査することは出来ません」とも言います。

 

医師や保健所の方の意見は、決して「新型ウイルス」を軽視するわけではないけれど、従来からの「肺炎」や「インフルエンザ」の脅威への対策も同等に考えて、より適切な対応を採るべき、ということなのだと思います。

 

それに、例え筆者の症状が「新型ウイルス」によるものであったとしても、一体何が出来るのでしょうか?

 

一人ひとりが、充分な休息・栄養・睡眠をとって、体力を保っておくこと。おそらくそれが唯一かつ最大の「パンディミック」への防御策だと思われます。

 

今回の「新型ウイルス」に対しては、現時点では「過小」に侮ることも「過大」に恐れることも共に懸念せざるを得ないとしても、これまでにも存在したであろう有象無象の他の未知のウイルスへの脅威と、どこが違うのか?冷静に分析して対処することも必要な事ではないでしょうか?

                   

にも関わらず、日本は右往左往しています。様々な情報の氾濫・錯綜によって、(医療界を含む)社会のバランスが危機に陥りつつあります。騒ぎだけが大きくなって収拾がつかなくなり、責任をひたすら中国に押し付ける。

 

 

それも限度で、一歩間違えると、(日本の思惑とは正反対の方向に風向きが変わって)今後、世界からは(いろいろな意味で)「危険な国」として、「日中韓」一緒くたに扱われて行くのかも知れません。

 

 

肺炎・インフルエンザ・新型ウイルスなどの実際の感染者・死亡者数の比較

 

「肺炎」「新型ウイルス」「インフルエンザ」など、それぞれ次元の異なる現象ではありますが、相互に症状的にも重なり合い、密接に関連したりする場合もあるようなので、感染者数や死者数などの大雑把な比較を行っておきましょう(それぞれの引用元は末部に紹介)。

 

肺炎は、20世紀前半には例年日本で10‐15万人(1918年にはスペイン風邪流行に伴って20万人余)の死者数、1945年以降は減少傾向(最低は64年の2万人余)にあったのが、1980年代頃から再び 増え始め、毎年10万人近く(2016年には約12万人)の死亡者を出しています*。

 

これとは別に、1970年代までほとんど症例が無かった誤飲性肺炎による死亡者数が2000年代に入って一気に増え、2016年には年間4万人近くが死亡*、試算によると、今後は誤飲性肺炎の死者数が逆転し、2030年には他の肺炎と併せて年間20万人以上になる見込みだそうです*。

 

近年急速に増加しているウイルス性胃炎のノロウイルスは、例年、全国で数100万人~1000万人前後の感染者がいるそうです*。ウイルス自体が直接的に生命を脅かすことは少ないようですが、誤飲性肺炎の中には、嘔吐によって引き起こされている例が、かなりの割合を占めているものと思われます。

 

インフルエンザ(筆者たちの世代は「流行性感冒」と呼んでいました)は、1918年‐1920年のシーズンに約20万人の死者を出したと言われる「スペイン風邪」を始め、1950年代末~1970年代半ばに、「アジア風邪(死者約8千人)」「香港風邪」など数千人単位の死者数を出す流行が繰り返されてきました*。2016年に於ける日本国内での死者数は1464人*。

 

近年の状況を世界単位でみると、2019年10月からの約4カ月に、感染者数2200万人、死者数12000人となっています*。今シーズンが特別ということではなく、例年同程度かそれ以上(2017年‐2018年のシーズンでは感染者5000万近く、死者数6万人以上)だそうです*。日本での感染者も、毎年1000万人前後を数え*、インフルエンザが引き金となって死亡した人は、例年世界で25~50万人、日本では1万人前後と推定されています*。

 

インフルエンザと初期症状が類似し、流行期間が重なる「重症急性呼吸器症候群(SARS)」は、SARSコロナウイルスという、インフルエンザやノロウイルスとは別のウイルスに由来します。中国南部を発生元とし、2002年~2003年のシーズンに、世界で8000~8500人前後の感染者、800人~900人前後の死亡者が報告されています*/*。封じ込め後は、原則として新規感染例はない、とされています*。

 

ちなみに、前回SARSの時にも、筆者は(発生源とされる広東省を含めた)中国に滞在していたのですが、大きな騒ぎになっていることは(途中一度往復した)日本に帰った時に初めて知りました。

 

今回、前回SARSと大きく異なることのひとつは、インターネットによる情報が溢れすぎて、実態が錯綜していることだと思います。以前は、世の中の事は何も知らなくても、知らないなりに自分の能力や考えに沿って行動することが出来たのです。もしかすると、そうはいかなくなってしまっている。 

 

 

「言論の自由」のまやかし?

 

「新型ウイルス」騒ぎは、西側社会の中国潰し、という気がしないでもありません。メディアと大衆が主体となっての、ある意味(力のある側が弱者を封じ込める)言論のテロ。「香港デモ」と構図は似ていますような気もします。

 

ここで言う「力」とは、権力(体制)の側、抵抗勢力側に関わらず、世相の「空気」に乗っかった側に存在する現象です。筆者には、天安門事件や香港デモ(筆者は両方ともリアルタイムで遭遇した)のときと、同じような気分を感じます。

 

何も中国共産党の政策や、一党独裁を支持しよう、などとは、微塵も思っていません。でも、民主主義を唯一正しい事とし、一党独裁政策を頭から批判する人達の主張に対してもまた、違和感を禁じ得ないでいるのです。

 

確かに、日本を含む西側社会には「自由」があります。(普通選挙の行使によって、一応建前としては)独裁権力の押さえつけを否定し、国民皆の自由な発言・行動が保証される民主主義社会があります。でも、人生の半分ずつ(35年×2)を2つのシステムの中で(数か月ずつ交互に)過ごしてきた筆者にとっては、なにか違うような、、、、。

 

ことに、民主主義社会の掲げる「表現・言論の自由」に、違和感を覚えます。個々の権利の保証は、共産主義社会には存在しないけれど、民主主義社会には存在する。でも、それは本当なのでしょうか?

 

確かに、民主主義社会では、何を言っても良いし、何をしても良い。個々の表現・行動は原則自由なのだと思います。民主主義の許で育ってきた人々が、自分たちの自由な社会が侵害されることを防ごうとし、あるいは、共産主義社会の体制下に置かれている人々が、政府による規制に苦痛を感じて、自由に主張が出来る社会を求めるのは、当然の成り行きだと思います。

 

でも、現実問題を考えて見てください。自らの意見を伝達・拡散し、多くの人々と共有することが出来るのは、一握りの知識人やエリートであったり、あるいはそれに追従する多数派に限られているのではないでしょうか?。

 

自由を得るためにも、正しい表現や正しい方法論や正しい位置が必要で、そのためには、権力の側、抵抗勢力の側に関わらず、その時々の力(大きな声)や、そこから導かれた“空気”に乗っかっていなければならないと思われるのです。

 

本来なら「民主主義社会」に於ける「自由」は、いかなる思想・行動であれ、それぞれの立場に平等に分け与えられるべきものだと思います。しかし実際は、自由を標榜する人たちの意識の外で、ヒエラルキーが形成されてしまっている。そこからはみ出た、“自由の外側”にあるもの(知能、技術、形式、手段、同意などの欠如する存在)が、自由の名のもとに、規制、除外、無視(無視は最大の弾圧)されてしまって行く。

 

結果として、権力とは別の(概ね対極にあるように見える)“力”から導かれる相互監視体制のなかで、自分たちにとっての自由に抗うものを排除しようとする、目に見えない暴力としての“自由”が生まれていく(その象徴が“香港デモ”の正義)。“自由”を標榜し、ひとつの方向に正義を求める、という、実態の把握が難しい“空気”に基づく目に見えぬ巨大な“力”は、例えば「独裁政権」下での自由の剥奪という物理的に分かり易い力以上に怖いと思うのです。

 

逆説的な言い方をすれば、底辺の人間にとっては、最初から自由を規制された枠の中に置かれている方が、ある意味平等に“力”から逃れる事が出来て、その枠外の自由な世界との力関係の中で“実質的”に自由が制約されることよりも、まだまし、と言う気がします。むろん、あくまで“まだまし”と言うだけで、それを肯定するわけではありませんが、筆者のような、世の中の仕組みを知らない無学な人間の中には、そのように感じている人たち(大きな声を出せない、自由の枠外に置かれている底辺の人たち)が、少なからずいるだろうことを、知っておいて貰いたいのです。

 

今回の「新型ウイルス」の報道も、どれが正しく、どれが間違っている、という問題ではないと思っています。独裁政権による「隠蔽」そのほかの恐ろしさは、一面ではその通りかも知れません。でも、別の立脚点から俯瞰すれば、有無を言わさず、多数派に組しなくてはならないような「雰囲気作り」もまた、恐ろしく感じるのです。

 

 

「春節」という大義名分を使っての隔離~別の角度から見れば中国政府による「隠蔽」が成功した?

 

いずれにせよ、「新型ウイルス」は、もうとっくに日本中に蔓延しているでしょうから、今更ジタバタしても遅いと思います。インフルエンザ蔓延を結果として放りっぱなしのアメリカを見習って、矛盾だらけのまま「終結無き終結」とせざるを得ないのでしょう(今回に限らず、それと気づかないまま、これまでも何度も未知のウイルスに襲われ続けてきたことでしょうし)。

 

それでも本気で対策を取るというならば、日本人全員を隔離しなくてはならないでしょう。それは出来ないと思います。経済活動が断絶されて、資本主義(民主主義)社会が破綻してしまうからです。

 

皮肉なことに、中国共産党はそれが出来るのですね。良し悪しは別として。

 

偶然だとは思うのですが、春節移動のピーク終了のタイミングを見計らったかのように、(中国各大都市での)緊急事態発令が発令されたわけです。それが良い事なのか悪い事なのか、意図的なのか偶然なのか、筆者には知る由もありませんが、結果として、情報を隠蔽?し「移動禁止」の発令を遅らせたことにより、(武漢以外では)「都市」から「田舎」に国民を送り出して一定期間閉じ込めたことになります。

 

もし、春節期間前に発令していれば、田舎に帰ることも出来ず、市民の大多数が都市に閉じ込めれることで、各都市が武漢同様のパニックになっていた、と思います。逆に富裕層は、一足先に大挙して海外に逃げていたでしょうし。

 

地方に移った人々は、春節期間中も、徹底して14日間、外出を禁止されたそうです。そのことによって、(あくまで結果論ですが)一か月経った現時点において、各大都市が武漢のようなパンデミック状態に陥ることが回避されているわけです。

 

敢えて、(半分皮肉も込めて、でも半分は素直に)中国政府は、(西側社会から猛烈な批判を浴びせ続けられながら、事態の収拾に向けて)よく頑張った、と言っておきましょう。

 

*なお、筆者のアシスタントMは、(他の中国人の多くの人達と同様)春節1週間前の1月18日に、湖南省にあるご主人の実家に帰省、春節初日以降は、広東省にある自分の実家に戻る予定でいたところ、24日になって「実質移動禁止」の勧告が出され、その日から数えて14日間は部屋から一歩も出れない状況になりました。14日経って発症が確認されなかったことから、2月10日になって無事広東省に移ることが出来たのですが、再び14日間、そこからの移動が出来ないのだそうです。

 

 

改めて「新型ウイルス」の由来に関する意見を整理してみました

 

①党が実験中の生物兵器の逸出

②アメリカが持ち込んだ生物兵器

③中国の衛生概念の許では当然

④病院への患者集中などパニック

⑤武漢・湖北省と近代化の相関性

 

①や②がニュース的には面白いのでしょうし、その可能性もなくはないとしても、普通に考えれば③と④でしょう。

 

「武漢の海産市場」を取り上げるまでもなく、中国の実態を知らない人には想像だにつかないだろう、余りに劣悪な衛生概念。

 

例えば、子供に服を着たまま小便させたり、食堂のゴミ箱に大便をさせたりして「あとで洗うから大丈夫」「どうせ残飯と一緒になるのだから問題なし」とか、、、それが文化なのです。次から次へとウイルスが蔓延していくのが、当然のように思えます。

 

そのような状況の許で、ニュースを聞いてパニック状態になった人々が病院に押し寄せ、ウイルスをまき散らす元凶になっているのではないかと(日本でもそうでしょうが病院が感染媒体の最も顕著な空間だと思います)。武漢は、ある意味余計な扇動に乗ったがために、被害を大きくしてしまった、ということも出来ると思います。

 

もっとも、それが文化であろうが無かろうが、今回をきっかけに、中国国民が衛生概念を本気で考えなくてはいけない時期に来ていることは確かでしょう。日本は隣国として中国と一体になり、「環境」整備に取り組む義務を有している、と思います。今回の「新型ウイルス」騒動が、そのきっかけに成れば良いのですが(異質の存在の“排除”では解決しません)。

 

 

地球の遺伝子のプール「長江中流域一帯」で、何が起こっているのか?

 

最後に⑤について。①や②以上に荒唐無稽な話ではあるのですが、根源には大きな問題が潜んでいます。

 

武漢発祥は、はたして偶然なのか?

 

武漢が、文化歴史・地政学的に見て、東西南北とのジャンクションに位置することは、今や多くの日本人にも知れ渡っています。でも、それとは別次元の、膨大な「時空」に関わる問題があります。

 

武漢とその一帯(湖北省)は、生物地理・地史学に見て、地球の中心と言っても良い位置にあるのです。筆者の主要フィールドのひとつでもあります。

 

「新型ウイルスの人‐人感染」と、ほぼ同時に、同じ地域を舞台とする、ある話題がニュースになっていました。でも、溢れるほどの「新型ウイルス」情報とは対極に、以降全く報道されていません。

 

「(武漢周辺の長江中流域に棲息する)世界最大の淡水魚の絶滅認定」という記事です。

 

武漢周辺地域/湖北省は、地球の「遺伝子のプール」です。無数ともいえる例があるのですが、そのうちの幾つかを挙げておきます。

 

★様々な植物や動物に於ける「日本列島-湖北省」共通分布固有種の存在(主に武漢の北西方)。

★世界に近縁種が存在しないアマミノクロウサギの唯一の国外化石出土地(武漢の東方)。

★化石しか知られていなかったメタセコイアの現生野生株の存在(武漢の西方)。

★稲作の起源地(武漢の南西方一帯)。

★「野人(いわゆる雪男)」の目撃例(これについては訳注が必要ですが)。

等々。

 

その「遺伝子のプール」の地を、人類は破壊した(象徴が三峡ダム)。それが引き金となって、(今まで奥深く潜んでいた)未知のウイルスが表に現れだした。今回の「新型ウイルス」騒動は、その序章なのかも知れません。

 

一段落つけば、筆者は湖北省での調査活動を、再開しようかと思っています。むろん「新型ウイルス」とは関わりのない、僕のライフワークの蝶やセミや野生アジサイなどの探索ですが、そこから(「新型ウイルス」の本質に関わる)“何か”が見えて来ないとも限りません。

 

 

2月18日


今、モニカと連絡を取り合っているのですが、(香港も巻き込んで)かなり状況は混乱しているようです。暫くの間、進行を見守って行くしかありません。

 

 

2月19日  これ、(ちょっと茶化して書きましたが)非常に重要な建設的な話です。

 

僕の送った記事は、読んでくれていますでしょうか?


北村豊さんと言う人は、面白い人ですね。だんだんと愛着がわいてきました。臼杵氏やこの方の頭の構図と、僕の頭の構造の違いが、大分分かってきました(良し悪しの問題ではなく)。


実は、このひと、凄く大事なことに気づきかけてるのですよ!!


>広東省でキクガシラコウモリの調査をすれば良いはずであるにもかかわらず、石正麗のチームがわざわざ雲南省の辺鄙な場所にある洞窟まで出かけてキクガシラコウモリの調査を行わなければならなかったのはなぜなのか。

僕は、その答えを知っています。


でも、北村氏や臼杵氏みたいな「頭の良い人」には、永遠に分からないのでしょうね。残念です。

 

 

2月19日  なぜなのか、についての答え

 

ウイルスが「生物」のひとつであるかどうかについては諸説があるようですが、ほかの動物や植物とともに、自然界に存在する「何らかの主体的行動を伴った」分類群のひとつとして扱われていることは確かです。タクソノミーも他の生物同様に何1000という分類群に分けられていて、それぞれ「分布」(必ずしも平面的空間ではない)を形作っているわけです。「分布」には、常に「分散(拡散)」という概念が伴います。話し出しだすと大事になって収拾がつかなくなってくるので止しますが(僕の言う「動き続ける極相」とか「時間のフラグタル」とか言った、えもすれば哲学的な概念に繋がってくる)、卑近な問題として、とりあえずひとつだけ言っておかなければならないのは、当たり前の話だけれども、種の拡散と個体の拡散とは、根本的な意味が違う、ということ。ある土地に一気に移民が増えるとか、今回の「新型ウイルス」のように一気に多数の人への感染が為される、というの(いわゆるパンデミック)は、個体の拡散ですね。ただし、種としての拡散が、個体の拡散に基づくときもあるのです。僕が対象としている蝶や植物においては、ひとつの方程式のようなものがあります。繁栄の極にある種は、本質的に極度の遺存性を持った種(例えばごく限られ地に残存分布し他の地に姉妹種たる存在が認められない分類群)である例が多い、という事実。「絶滅寸前」と「繁栄の極」は背中合わせになると。こういうと、一般の人は、「繁栄の極」→「絶滅」という流れを思い浮かべるでしょうが、(むろんそのケースも少なくないとしても)基本は「絶滅寸前」→「繁栄の極」なのです。「絶滅寸前」の分類群は、99%は「絶滅」に向かいます。で、ごく僅かの絶滅を免れた分類群は、細々と生き延びることは不可能で、一気に(何らかの“風/チャンス”に乗って)最大限の繁栄者になる道しかないのです。その時に、「元の集団」が、“どこかに”存在しているわけです(拡散した繁栄集団だけが生き残って母集団消滅ということもるでしょうが)。その原集団の“状況”を把握することが、‟現在展開している繁栄の実態”を知る上に於いて、非常に重要なことになってきます。地球上に於ける、そのプールのひとつが、雲南省周辺(四川省西部やミャンマー北部~インドアッサムなどを含む)と湖北省周辺(陝西省や湖南省の一部を含む)です。広東省から広西壮族自治区にかけての地域(いわゆる南嶺)が、それと大きな関わりを持ちます(更に日本と琉球)。広東省に於いて野生動物に関わる何らかの問題に出会ったら、僕なら(たぶん他の冷静な研究者も)当然、まず雲南や湖北の実態に目を向けます。キクガシラコウモリの場合でも、広州の町中でも見られる集団(東京にもいるしアテネにもいる)ではなく、雲南の僻地の集団に目を向けるのは当然のことです。中国の「自然科学」に対する取り組みは、僕の目から見れば、余りにも幼稚な段階にあるとしか映りませんが、唯ひとつ言えることは、(目先の事だけを考えているのではなく)一生懸命、真面目に、真摯に取り組んでいるということ。今では、日本のほうが、「応用科学」にだけ目を向けて、基礎学問を疎かにしているような気がします。

 

 

2月20日  モニカと香川さんからの情報。

 

過去中国に行ったことのある人は、国外からも香港に着いたあと14日間は宿泊地の部屋から外出できない。

 

香港空港から中国に行く場合は、空港から出ている深圳行のフェリー(約30分)を使えば出国できる。しかし、中国に着いたあと、同様に14日間移動できない。

 

3月中旬~4月中旬

成田‐香港‐ギリシャ‐香港‐湖北省

「東洋の春の女神(第5のギフチョウ)」と「西洋の春の女神(第6のギフチョウ“萌葱蝶”)」

の取材を予定しているのですが、、、、いろいろと困難が伴いそうです。

 

良いか悪いかはともかく、中国は徹底しているみたいですね。

 

僕は、ますます胃の吐き気と眩暈が酷くなり、とても辛い状況です。日本でかかったノロウイルスの可能性が8割、インフルエンザと新型ウイルスの可能性が各1割ぐらいじゃないかと(担当医の先生ともども)考えています。38度以上の熱が出ないと検査して貰えないし。

 

僕はともかく、周りの人は大丈夫なんでしょうかねぇ(僕から感染しても責任取れない)。どうせ騒ぐなら中国ぐらい徹底してやらないと意味ないと思うのですが、、、。まあ、メディアもことさら「新型」「新型」と騒がず(死者の数インフルエンザ圧倒的に多いし)、普通にしているのがベターとは思いますが。

 

しかし、今地元のイオンの食堂にいるのですが、回りは「ゴホゴホ」「ぐしゅぐしゅ」のおじんおばん(全員日本人)ばかりです。中国人は出歩いてなんていませんよ。なんかちぐはぐですね。

 

 

2月20日

 

デューク・エイセスの吉田一彦さんが84歳で亡くなった、というニュースがありました。

 

ダーク・ダックス、ボニー・ジャックス、デューク・エイセス、、、臼杵氏だって、名前ぐらいは知っていますよね?

 

いつもの事なのですが、スポーツ選手や文化人の訃報に際して、今の(主に若い世代の)人達に馴染みの無い人が対象だった場合、「なぜこんな無名の人の訃報がニュースに取り上げられるのか?」といったコメントが一定数見られます。 

 

今回も複数ありました。

 

>誰だか知らんし、紛らわしいからニュースにしなくていい。

 

こんなリコメントがなされていました。

 

>>勉強不足を正当化してはいけない。知らないのはお前が悪い。

 

僕も、つくづくそう思います。

 

でも、それが通じなくなる社会になりつつあるような気もします。

 

単に、ノスタルジーとか、そういった次元の問題ではありません。

 

「香港デモ」もそうですし「新型ウイルス」に対してもそうなのですが、同調(空気の力)による世の中の支配が為されつつある。

 

以下、省略(「有名/無名である」ということは、本質的にどのような問題を表しているのか、ということについて書いています)。

 

 

2月21日

 

モニカ、香川さん、チエちゃんと連絡取り合ってます。


香港も、ギリシャも、日本人を受け入れてくれない可能性が出てきそうです。


臼杵氏の方に情報ありましたら、教えてください。

 

 

2月21日(チエちゃんからのメール転送)

 

>姫路の高校生はヤンキーじゃないです、ヤンキーは高校行けないか岡山の高校に行きます。臼杵さんに現代ビジネスでクルーズ船がアメリカの企業でイギリス船籍であること、企業のずさんな対応と、オリンピックの代替え地としてロンドンが名乗りを上げる厚かましさについて世の中に伝えてくださいと言っといてください。

 

 

2月22日

https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200222-00163925/

「現代ビジネス」の記事(注:確かめたら別メディアでした)も興味深いし、この記事も頷けます。いろんな視点から見ていきたいですね。

 

 

2月23日  コロナウイルス ギリシャ/日本/湖北省/イラン 春の女神

 

モニカに外出(移動?)許可が出たみたいです。


ただし日本人がスムーズに中国・香港と行き来で来るかの詳細は不明です。


香港の原稿料は日本の銀行に転送して貰うよう手続きしています。


なんか、日本よりも中国の動きの方が(マスメディアも含めて)理にかなってるような気がしますが、、、、。


ちなみに、ギリシャは今のところアジア人に対しての特別のヘイト行動はないみたいです。


「春の女神」探索(湖北省とエーゲ海が対になります)にギリシャに行くには、日本から直接になりそうです。「コロナウイルスと春の女神:ギリシャ‐イラン‐湖北省‐日本」執筆中です。

 

 

2月24日 資料断片

 

近い将来僕のブログに発表予定の、基礎データ(とりあえずの纏め、「現代ビジネス」の原稿ではありません)をお送りします。時間のあった時で良いですので、ちらっとでも一瞥しておいて頂ければ幸いです。

 

ギフチョウは、日本の自然愛好家(研究者、マニアなど含む)圧倒的に人気のある蝶です。

 

蝶マニアが躍起になって探し求めている(?)第五のギフチョウは、ギフチョウとは似ても似つかない、蝶マニアや研究者が、見向きさえもしない(蝶の中で最も「有名」な存在のギフチョウとは対照的に、最も「無名」な存在ともいえる)、モエギチョウ(僕が勝手につけた名前です、「シリアアゲハ」とか「ニセアポロ」とか呼ばれています)であることが分かりました(DNA解析、僕自身による外部生殖器の構造比較)。

 

空間的に両者を結びつけるのは、湖北省とイラクです。その間に横たわる「世界の屋根(チベット・ヒマラヤ・パミールetc.」地域に、両者の共通祖先たる化石種が発見されるはずです。

 

ちなみに、ギフチョウもモエギチョウも、まもなく絶滅してしまう(最後まで生き残るのは湖北省とイランの集団)ものと思われます。人類の未来を暗示しています。

 

僕が、釧路の東大生や、深圳レポートの若者の書いた記事に、賛同出来かねる所以です。

 

臼杵さんには分からないことでしょうが(笑)。それを判る読者もいるのです(たぶん、頭の構造が違う、むろん一般的に考えれば、臼杵氏や釧路の東大生らが賢くて、僕らなどはバカなのですが)。

 

臼杵氏が、僕に「表現の場」を与えてくれたのです。それに沿って、幾つかの記事を発表しました。そして、その記事(僕の文章力を含む)を評価してくれ、次の発表を待ってくれている読者が、一定数いるのです。編集者として「橋渡し」をした臼杵氏には、(その人たちの程度が低いかどうかなどは関係なく)それらの読者に対する責任があります。

 

具体的に言えば、掲載するしないは、編集者たる臼杵氏の判断に委ねられるので、そのことについては問題ありません。しかし、(臼杵氏と価値観や感性が違えども、僕と読者に対して)きちんと「瞠目」する必要がある。永遠に掲載はならないかも知れません。しかし、送った原稿に対しては、誠意をもって対応するべきです。原稿は、諦めずに送り続けます。「忙しいから」「青山さんは下手(才能がない)だから」といった理由(そのこと自体には正当性があるとしても)で排除することは、間違っています。

 

そのようなことを、僕の専門分野の、(ある意味僕の出発点たるギフチョウの)生物地理に基づいた視点から、「物語」として書き表していきます(「現代ビジネス」とは無関係、しかし臼杵氏に読んで貰うことが主目的)。春までには(出来ればイランや湖北省に出向いて)書き上げたいですね、、、、まあ今年は無理でしょうが、最大限の努力をします。

 

 

2月24日

 

今日のブログに載せた「予告編」です。


日本のメディアの在りかた(「現代ビジネス」や臼杵氏を中心とした)に、異議を示すために、全力で書きます。楽しみにしていてください。


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2020.2.24 青山潤三日記(お知らせ)

“春の女神/日本と希臘、湖北省とイラン、、、萌え始める樹々の薫りと光と風の物語”

 

カテゴリー:香港デモ、新型ウイルス、生物地理、青山潤三日記

 

↑こんなのを執筆中です。

 

>昔々(ソクラテスとかプラトンとかの時代より何百万年も前の頃に)、、、ギリシャと日本は繋がっていました。いや、繋がっているといえば、今でもほぼ繋がってます。でも、今は間に、チベット高原とか、ヒマラヤ山脈とか、タクラマカン砂漠とか、インドとかシベリアとか、、、いろいろ過酷な環境が挟まっていて(その他にも、中国とかイランとか、厄介な国も挟まってるし、笑)、その結果、生物たちの中には、長い間東西で交流が閉ざされたままになっている集団も存在します。

 

>祖先種が形成されたのち、離散集合を何度も繰り返し、各地で少しづつ姿や生活様式を変えながら今に至っている集団(人類もそのひとつ?)もあるでしょうし、ちりじりに別れてそのうちにどれもが消滅しまった集団もあるでしょう。今回お話しする「日本とギリシャの春の女神(ギフチョウ*とモエギチョウ**)」のように、遠く離れた東と西に分離したのち、再交流がないまま、(姿形を変えて)それぞれの地で細々と生き続けている集団もあるわけです。

 

↑出だしの部分です。完成品は100頁ほどになりそうです(写真も多数使用)。暫くの間、これに取り組むので、ブログのアップが度々途絶える可能性があります。

 

*Luehdorfia/**Archonそれぞれ「湖北省」と「イラン」が、重要な接点になります。今「湖北省(武漢)」と「イラン」がネガティブな意味で世界の注目を浴びているのは、決して偶然ではないのです(深い部分で繋がっている)。

 

 

2月25日 野生動物食について 

 

北村豊氏のウイルスの「野生動物」関与についての記事、興味深く読みました。


しかし、さっぱり意味が分かりませんでした。たぶん、僕の頭がよっぽど悪いということでしょう。はっきりしてるのは、北村氏は原稿料たっぷり貰って裕福な暮らしをしているのに対し、僕は原稿料貰えず赤貧洗うがごとし生活を余儀なくされている、ということですね(冗談です)。


まあ、面白い人です。僕から見れば(中国留学時に僕を徹底して虐めたエリート留学生たちと同類の)エリート中国研究者の典型ですね。僕もこのような方を見習う必要があるのでしょうけれど、残念ながら僕にはその才能がない、ということです。


それはさておき、


北村氏が言う「野生動物」の大半は、本来の意味の野生動物ではありません。「人類の歴史と共にある野生(的な)動物」です。湖北省には、人類が繁栄するより遥かな過去から、在来の野生生物が数多く存在しています。今回のウイルス騒動のカギを握るのは、そのような(このリストにはほとんど含まれていない)真の意味でのネイティブです。彼らと、人類の繁栄の(様々な形での)摩擦の上に起こっているのが、今回の騒動です。


<注>日本のメディアには「樹熊」をオーストラリア原産の「コアラ」と勘違いして報じたところがあったが、「樹熊」は中国で「芒熊」と呼ばれる、別名「タケネズミ」を指しているようだ。そうなると価格表上に「タケネズミ」が重複することになるが、同じタケネズミでも種類別に名称を変更している可能性が考えられる。
↑と記されていますが、


これは、「コアラ」だと思います。中国の生物の名称については、素人が安易に判断できない、数多くの難しい問題が含まれています。


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SARSの時は、発生(2002年末)から、終結(2003年夏)までの間に、僕は3度日中を往復しているのですが、SARSの存在さえも知りませんでした。本当に無知ですね(笑)。でも、何も知らなくても、僕の活動には、全く支障がありませんでした。


今回は、情報の洪水で、かつ、僕自身の行動にも支障大ありです。中国も、香港も、ギリシャでさえ、日本人が入国できるのかどうか、、、、、情報が錯綜しています。


結局のところ、これまで提示してきた僕の意見が、最も「的を得た」見解であるようにも思うのですが、「無名」で「下手くそ」とあれば、しょうがないですね。


まあせいぜい(僕以外の「有名」で「文章の上手い」)執筆者を見つけて、出来得る限り「真っ当な」記事が紹介されることを、望んで止みません。

 

 

2月25日

 

有難うございます。3人とも似た意見で、、、。


体調はとんでもなく悪いのだけれど、でも、湖北省(神農架)とかイラン(エルブルーズ山脈)とかの、原人が出てきそうな山の中には行こうとしているわけで、、、。


香港から日本に振り込むための、銀行手続きの電話番号は以前口座の登録時に臼杵氏の携帯番号を使わせてもらってる(その時は了解済み)ので、そのままにしてます。ご了承ください。


「ギリシャ-イラン-湖北省-日本の"春の女神"」(サクラとかモンシロチョウとかキャベツとかレタスの祖先の話なども含む)に、全力で取り組んでいます。僕がいなくなっても、問題提起が残るように、、、。

 

 

2月25日

 

改めて、質問します。

 

前回のメールに記した「野生生物食材資源」について。

 

この話題には、非常に興味(今回のウイルス騒動に関わって深く考える意義)を覚えます。

 

それで期待して読み進めたのですが、しかし残念ながら、余りにも内容が浅い(というか本質的な内容ゼロ)の記事でした(入れ物は立派みたいですけれど)。最後まで読んで、署名を見て、「それじゃ仕方ないわ」と苦笑してしまったわけですが。

 

臼杵氏(や周囲の人々)は、中国(殊に湖北省)の「在来(人間活動のずっと前から存在する)野生生物」の存在と、中国の人間社会の「超高速近代化」の関係性(今回のコロナウイルス騒動もそれに関与する?)を、真面目に考えようとしたことがありますか?

 

 

2月26日

 

昨日、2つメールを送信する予定でいたのですが、僕なりに臼杵氏に及ぼす「心労」も考えて(笑)、とりあえず前回のメールの返信が来るまでは保留しておこう、と考えているのです。臼杵氏には伝わらないでしょうが、(憤怒するだけでなく)それなりに気は使っているのですよ。


今日は、終日中国から日本の銀行への振り込み手続きのためにモニカと遣り取り。


それ以外は、ここ数日、中国の蝶の図鑑作りに没頭しています。「ハンディ版」で、1000頁近くに成ります(200頁ほど出来かかっている)。


ギリシャの蝶の図鑑も作らなきゃならないのだけれど、3月、無事(資金・体調・コロナによるアジア人ヘイト?)行けるかどうか?

 

 

2月27日  返事を下さい

 

銀行の手続きが終わり、ほっとしています。


中国行きは、モニカの指示(現状では仮に入国出来ても身動き取れない)に全面的に沿います。

3月はギリシャ。トルコに接したサモス島で、「春の女神(これまで知られることのなかったギフチョウの姉妹モエギチョウ)」の調査・撮影と、大きな暴動になりつつある島に大量に押し寄せたイスラム系移民の取材を行う予定です(チエちゃんやジョージの希望)。


そのうえで、もし4月5月に、中国のコロナ問題が一段落ついていれば、湖北省の「野人」の棲む原生林に、「春の女神ギフチョウ」の再調査(10年ぶり!)に訪れるよていです。


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以下、僕が伝えたい想いです。


臼杵氏の意見ください。

 

①中国に実際に暮らしている普通の外国人の感じた実態の推移を、日本の大衆に伝えること。


②パンデミックの懸念よりも、パニックの懸念のほうが結果として重大である(あった)こと。

 

③中国政府のとった行為(帰省完了後の通達、14日間毎の移動禁止)は最善策であったこと。

 

④「新型ウイルス」も多くの病気のひとつであり、必要以上にを煽ることによる弊害の懸念。

 

⑤文化として成り立っている(日本人には想像もつかない)中国の衛生概念を根本的に見直すこと。

 

⑥この騒動を「中韓叩き」や「異質の排除」、ひいては「同調の強要」に置き換えてはならぬこと。

 

⑦やがて日本にも、しっぺ返しが来ること。

 

⑧湖南省が遺伝子のプールであることへの(深い部分での)認識(↓の問題につながる)。

 

⑨中国の(入れ物ではなく中身を伴わない)「超近代化」(いわゆる民主化)への幻想(自由や正義への偏った信望)に惑わされてはならぬこと。

 

*⑧以外は他の方も言っているわけですが、もっと平坦な言葉で(下からの目線で)淡々と、かつより強く訴えるべき、というのが、僕の想いなのです。

 

 

2月28日

 

ちえちゃんとジョージが、ギリシャの移民・紛争問題について、臼杵さんに知ってもらいたいことが数多くあるようです。それらを纏めて別途メールを転送します(たぶんチエちゃんからもメールが行くと思います)。


「青山さんが取材して記事?を書いてくれ」、ということらしいけれど、僕は知らないこと(文献や伝聞ではなく、自分で体験したこと、直接調べたこと以外の記事)は、書けないし、書きません。


中国や香港の人間模様については、(ある側面からは)誰よりも良く知っているつもりなので、臼杵氏にいくら拒否されようと原稿を送り続けますが、ヨーロッパの人間社会については(蝶や生物地理学的視点からの話なら自信はあるけれど)、全くの無知で何一つ知りません。


ジョージやチエちゃんが実態を伝えたいと思っているので、もし原稿(英語?)が直接行った時は、目を通してください。


ちなみに、僕は、中国の人間社会についても、興味は全くないです。しかし、(重ねていうけれど、ある側面からは)誰よりも良く知っている。書きたいから書くのではなく、読者に伝えるべきだから書くのです。

 

 

2月29日

 

新型コロナ「衝撃の休校要請」…多くの医師が疑問を抱いている


↑いい記事ですね。


それは素直に認めます。


しかし、僕が最初から言い続けていることと、基本同じです。


この人の文章が良い悪いについては僕は言及できる立場にありません。


ただはっきり自信持って言えるのは、僕の記事が劣っている、ということはないです。


この(大学教授の、良くも悪くも形にはまった、、、繰り返し言うと個人的にはいい記事だと思っていますが)記事が使用され、僕の記事が「へたくそ」と一言のもとに切り捨てられてしまうのは、(僕自身の素直な気持ちでは)いじめ・パワハラのように感じてしまいます。


*臼杵氏にどうしても伝えておきたいこと(青葉容疑者と植松被告の話)を前もって書き留めていたのですが、パソコンのワード機能が壊れていて、打ち出すことができません。これらの問題について、「真面目に」話し会いたいのです。


注:僕はこれらの人とは違って、一応常識人なので、余計な心配をされる必要は100%ないですが(笑)。

 

 

2月29日

 

僕は、臼杵氏がトンカツご馳走してくれたり、香港の宿泊準備をしてくれたり、帰りの電車の切符買ってくれたり、、、、「人」としては、非常に感謝しています。しかし、「編集者」としては、間違っている、と思います。原則として、もっと「(有能無能にかかわらず)作者に対して」「(数の多少にかかわらず)読者に対して」、根本的な部分での「誠意」を持つべきだと思っています。

 

 

3月1日 湖北省は遺伝子の宝庫です

 

花岡さんとチエちゃんに送ったメールを、ついでに臼杵氏にも送っときます。


今、モンシロチョウとキャベツや菜の花との関係を調べているのですが、、、、、


チンゲンサイ(菜の花=アブラナと種としては同一で、中国原産となっている)



カイラン(キャベツと種としては同一で、中国原産となっている)


について、知ってることを教えてください。


アブラナもキャベツもアブラナ科アブラナ亜科アブラナ族アブラナ属の種で、互いに近縁。それぞれ多数の変種があり、その多くは(ギリシャなど)地中海沿岸から中東にかけてが原産地(野生種が生える)となっています。ちなみに、一般に菜の花畑に生えているのは、種がなってから食用油を採るセイヨウアブラナ(日本のアブラナはギリシャ付近が原産、セイヨウアブラナはドイツ付近が原産)で、アブラナやキャベツは普通花が咲く前に食べてしまうので、あまり花の姿は見ないようです。


僕の調べている、キク科タンポポ族のレタスと油麦菜/苦麦菜とアキノノゲシの関係にも似ています(苦麦菜の花はよく見るけれど油麦菜の花はあまり見ない)。


レタス(アレチヂシャ由来?)自体も、非常に古い歴史時代に西洋(ギリシャ付近)から中国に持ち込まれて野菜化した系統(中華生菜)と、人類出現以前からもともと中国に分布していた野生種を改良した系統(たぶん「油麦菜」がそれに当たる?)があるのではないかと思われます。また、それとは別に、中国原産で(西洋には分布しない)近年になって野菜化された「苦麦菜」もあるわけです。苦麦菜は元々薬用だったのが、近年急に食べるようになった。実は、キャベツも元々は薬として利用されていたみたいですね。


なお、アブラナ属に非常に近縁な属にダイコン属があって、こちらはユーラシア大陸に広く野生しているようです。アブラナ属(キャベツ、アブラナなど)を含むアブラナ族には、ほかにショカッサイ(ムラサキハナナ)属があって、こちらは東アジアのみに野生しています。陝西省から湖北省にかけて複数の種が分布しているようで、僕も数種を撮影していますが、詳しい分類はできないでいます。そのうちの一系統が日本に帰化して広がっています。


キャベツやアブラナやダイコンについても、あるいはレタスについても、ざっくり言うと、地中海(ことにギリシャ周辺)~中東(ことにイラン周辺)に野生の大半があるのですが、一部は(人類繁栄よりずっと前から)東洋にも野生種が分布していて、その中心は「湖北省」なのですね。遺伝子の宝庫なのです。そこに巨大ダムなんて作ったりするから、、、、、こんなことになっちゃってています。


僕が調べたいのは、そのキャベツやアブラナやダイコンに結び付いた、モンシロチョウのアイデンティティで、、、、。その話はまたあとで。

 

 

3月2日 どうでもいいことですが、一瞥して頭の中に入れておいてください。いつか(何10年先)臼杵氏にとって役立つはずです

 

現代ビジネスとは別メディアですが、近藤大介さんのH女士の記事、興味深く読みました。


H女士の故郷「建始県」は、僕の古くからのフィールドです(山仕事のおばあちゃんが案内してくれたおたまじゃくしのいた水たまりがあったところ)。ここに行って調査を行った日本人は、僕以外にほとんどいないと思います。


武漢の西方の、湖北省の(無名の)山岳地帯が、いったいどんなところなのか、中国の(人類が生まれる以前の)成立、および現在の中国の繁栄(急速な超近代化)、、、ひいては武漢ウイルスの発生と、どのような関連があるのか、、、、少しぐらいは知っていても(考えを巡らせても)いいと思うのですが(以前送信した北村豊さんの記事の中の「SARS騒動のとき、なぜ広州のキクガシラコウモリを調べるために雲南の奥地まで行く必要があったのか?」という問いへの答えとも繋がります)、目先の(いかにもステレオタイプ的な)ことしか興味のない日本のメディアや大衆にとっては、どうでもいいことなんでしょうね。残念です。

 

 

3月2日 国語の試験

 

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/2020年の東大入試で起きた事件。-“国語”の問題に示された受験生へのメッセージ/ar-BB10Cu9q?ocid=spartandhp


文春の記事ですが、臼杵氏の(あるいは釧路の人の)ことを思いながら読みました。


最善の環境とは、ある意味「意欲」ですね。


坪内逍遥は、福沢諭吉の「学問の勧め」の(あの有名な「人は天の上に~」)に触発されて、「小説真髄」を書いた。勉学の努力をすることで、(身分に関わりなく)みな等しく成功のチャンスを与えられる、と。しかし逍遥の目指したのは、その道から外れた「不良の世界」であった、と嵐山光三郎氏は記しています。


途中を端折って、結論だけ言います。


「自由」は、実は「力による抑えつけ」であると。


今回のコロナウイルス騒動に関しては、「中国共産党」は、(いくら世界から批判を受けようとも)最善の方法(ギリギリまでの隠蔽)を選んだ。日本のメディアやエリートたちや大衆の、「自分たちさえよければ」の日和見主義とは、大違いだ、ということです。

 

 

3月3日

 

今後、日本人が各国から入国拒否されていくのでしょうね。


臼杵さんからすれば、僕の原稿など「忙しくて読んでいる暇はない」「幼稚で下手な記事にかかわってはいれない」というのでしょうが。


結局、僕が言い続けてきた様々なこと(ウイルスの起源と湖北省の関係の話は別問題としても)が当たっていたと思うし、中国と日本における「相互進行の過程」もリアルタイムで届け得たと思います。


しかし臼杵氏は完全無視する。何度も言うけれど、載せろ載せない以前の問題です。どうして誠意をもって取り組んでくれないのか。僕に対する侮辱だし、パワハラだと思っています。絶対に許すことは出来ません。

*↑この表現は強すぎたかも知れないですね。貴兄に不快な思いをさせたことを、謝ります。


明日、また内科検査。中国&ギリシャ行きの見通しは立っていません。

 

 

3月4日

 

胃カメラ検査、異常なしです。パソコンは、ほぼアウト(インターネットは可能)。明日保護金貰うので、ワードのインストールを検討しています。でも結局同じかもしれない。モニカに共用のパソコンと携帯電話を買ってもらうことになっていますが、いつ中国に行けるのか見通しがつかない。ギリシャも、本当に行って大丈夫なのか?(チエちゃんはギリシャ人は東洋人を差別しない、というけれど信じることは出来ません)。

 

日本滞在一か月になります。相変わらず、シルバーシートの若者は席を譲ってくれない。過剰に席を譲ってくれすぎる中国はもちろん、サンダース78バイデン77ブルームバーグ78のアメリカとも偉い違いです。

 

自由=既得権確保、ですね(笑)。一党支配の共産主義下の中国では、弱者は弱者同士で助け合ってますが、日本は「自由の国」なので、強いもの勝ちです。大衆(その番頭がマスメディア)は、強者(必ずしも権力者とは限らない)のご機嫌取りだけに精を出しています。

 

マスメディアが大衆受けする話題(有名人・エリート発の御尊托など)を発信し、大衆がその応えを求め、メディアはさらに大衆に向け発信する。実質「表現の自由」など無いのがこの国です。

 

表に現れるのは、一定の枠内の対立軸の上に成り立つ話題だけ。そこから外れた下層の世界は「無視」「蔑ずみ」「排除」。青葉容疑者は「健全な」人々の憎むべく敵であり、植松被告は、大方の日本人の代弁者でもあるわけです。


最近、「有名人」(芸能人に限らない)とは何なのか?「有名」と「無名」にどのような差があるのか?その(メディアや大衆による)「選定」の結果、世の中はどういった方向に向かうのか?

 

そのようなことを考えています。

 

明日か明後日(来週になるかも知れない)、立川郵便局から臼杵さん宛に、内容証明付き手紙を送る予定です(別に目新しいことは書いていません)。読んでください。→同じ文章をメールでもお送りしたので、それを読んで頂けるなら必要ないです。

2020.2.20 青山潤三日記 / U氏へのメールから

デューク・エイセスの吉田一彦さんが84歳で亡くなった、というニュースがありました。

 

ダーク・ダックス、ボニー・ジャックス、デューク・エイセス、、、U氏だって、名前ぐらいは知っていますよね?

 

いつもの事なのですが、スポーツ選手や文化人の訃報に際して、今の(主に若い世代の)人達に馴染みの無い人が対象だった場合、「なぜこんな無名の人の訃報がニュースに取り上げられるのか?」といったコメントが一定数見られます。 

 

今回も複数ありました。

 

>誰だか知らんし、紛らわしいからニュースにしなくていい。

 

こんなリコメントがなされていました。

 

>>勉強不足を正当化してはいけない。知らないのはお前が悪い。

 

僕も、つくづくそう思います。

 

でも、それが通じなくなる社会になりつつあるような気もします。

 

単に、ノスタルジーとか、そういった次元の問題ではありません。

 

「香港デモ」もそうですし「新型ウイルス」に対してもそうなのですが、同調(空気の力)による世の中の支配が為されつつある。

 

しばしばU氏から指摘される「有名人だから報道が許される」といった要旨(僕は無名の人だから反応のしようがないですが、笑)。

 

有名だから偉い、一番だから偉い、これが今の日本人のスタンダード的思考なのかも知れません。

 

「有名」というのは何なんでしょう?

 

当たり前の話だけれど、例えば、U氏にとって有名と思う対象と、僕にとって有名と思う対象は違うわけです。

 

でも、どうやら、当たり前ではないみたいなのですね。当たり前、、、と思っている方が変であるという。

 

自分(や自分の周り)の知識や価値観の範囲外のことに対しては無関心、そして、無知を恥じることよりも、同調力無き事を否定する。

 

なにか、すごく違和感を覚えるし、それを通り越して嫌悪感すら感じます。

 

メディアの病巣が、その辺りにあるのではないでしょうか? メディア自体はどうでもいいのだけれど、世の中をミスリードしていくことが大問題なのです。

 

このようなメールを送ると、(「この忙しい時にどうでも良いことを書き送らないでください」という意見はまだ分かるとしても)メール自体を受け付けてくれない。自分や自分たちが(知識層以外の人間から)批判されることを拒否する。それは子供と同じでしょう。

 

いや、今の大人の社会は、子供の概念で成り立っているのかも知れません。正しい(この表現は良くないですね、「客観的な」と言い替えましょう)ことを訴えようとすると、無視される。

 

「高木守道と小沢一郎」執筆途上です。守道は(意外なことに)打撃主要3タイトルを一度も獲得していない。小沢は(こちらは周知のとおり)首相・総理になっていない。その部分で評価を下す(メディアや識者を含む)大衆が一定数(さすがに高木守道に関してはごく僅かだけれど、小沢一郎に関してはかなり多い)いる、ということが、僕には不思議であり、不気味でもあるのです。

 

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モニカと香川さんからの情報。

 

過去中国に行ったことのある人は、香港に着いたあと14日間は宿泊地の部屋から外出できない。

 

香港空港から中国に行く場合は、空港から出ている深圳行のフェリー(約30分)を使えば出国できる。しかし、中国に着いたあと、同様に14日間移動できない。

 

3月中旬~4月中旬に、成田‐香港‐ギリシャ‐香港‐湖北省という流れで、「東洋の春の女神(第5のギフチョウ)」と「西洋の春の女神(第6のギフチョウ“萌葱蝶”」の取材を予定しているのですが、、、、いろいろと困難が伴いそうです。

 

良いか悪いかはともかく、中国は徹底しているみたいですね。

 

僕は、ますます胃の吐き気と眩暈が酷くなり、とても辛い状況です。日本でかかったノロウイルスの可能性が8割、インフルエンザと新型ウイルスの可能性が各1割ぐらいじゃないかと(担当医の先生ともども)考えています。38度以上の熱が出ないと検査して貰えないし。

 

僕はともかく、周りの人は大丈夫なんでしょうかねぇ(僕から感染しても責任取れない)。どうせ騒ぐなら中国ぐらい徹底してやらないと意味ないと思うのですが、、、。まあ、メディアもことさら「新型」「新型」と騒がず(死者の数はインフルエンザのほうが圧倒的に多いし)、普通にしているのがベターとは思いますが。

 

しかし、今地元のイオンの食堂にいるのですが、回りは「ゴホゴホ」「ぐしゅぐしゅ」のおじんおばん(全員日本人)ばかりです。中国人は出歩いてなんていませんよ。

2020.2.15 青山潤三日記 「現代ビジネス」U氏へのメール

長谷川幸洋さんと言う方の記事、、、、、
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70425
 
U氏は「青山さんの文章は下手くそ極まりない」と言うのですが、どう考えても、この記事は僕より下手くそで、、、、まあ下手くそでも良いのですが、それ以前に何よりもつまらなく、論点にも客観性がまるでないように思うのですが、、、。
 
でも、これを「現代ビジネス」編集部は、上手で、魅力がある、有意義な記事、と考えるのですね。
 
そのことは、ある意味、(僕のような下層人間に対しての)「優性人種」による、差別、パワハラの極(の現れ)だと思いますよ。
 
それを(僕を始めとする下層役立たず人間の)「僻み・妬み」としか考えられないのだとしたら、今後も第二第三の青葉容疑者・植松被告を次々と生み出すことになります。
 
そして、それはメディアの責任です。僕は徹底して戦いますので。

2020.2.13 追記

たった今、モニカから報告がありました。


今日、広州に向かうとのこと。「14日間」の待機期間が解けたわけですね。モニカクラスでも14日様子見すれば自由に行動できる、ということは、中国○億国民が、一斉に都市に戻る、という訳です。


僕はいつ戻れるか、問い合わせ中です(手術?のこともあるので3月に入ってからにしようと思ってますが)。

青山潤三日記2020.2.13 「三世」「春の女神」「肺の手術」など

三世が「現代ビジネス」の“オーストラリア”の記事を読んで、非常な感銘を受けています(僕も良い記事だと思っています)。それで、「そのことを編集Uさんに伝えてあげれば、きっと喜んでくれる」と何度もメールするように言ったのですが、嫌だと。
U氏だけではなく、K氏(ユーチュブ作ってくれている)に対しては絶対拒否、あや子さんやJTFC会長とも連絡を取ってくれません(かろうじてモニカだけは受け入れてくれている)。三世の「人見知り」は病的です。0000も似たところがあります。だからギリシャを追い出され、グルジアを追い出され、タイを追い出され、日本を追い出され、、、しつこくロシア人の元○のスト-カーを受け続けているのです。
モニカは、まだ湖南省に閉じ込められたままです。部屋から一歩も出してくれない状態が続いているそうです。いい迷惑です。僕もいつ戻れるやら、、、。ユーチュブの続きもしなきゃいけないし。
香港の出版社から原稿料貰ったら、(HD修理代には足りないので)「第6の“春の女神”」(ギフチョウ属に最も近縁のモエギチョウ=シリアアゲハからの改名提案)の撮影にギリシャに行くか、「第5の“春の女神”」(未記載種)の探索に湖北省(“野人”が棲むという西北部山地)に向かうか、思案しているところです。
 
徳洲会病院で照会書を書いてもらったので、17日(徳田虎雄の83歳の誕生日)に福生公立病院で再検査を受けることになりました。福生の事務局長や徳洲会の医者からは、「出来るだけ早く手術を受けたほうが良い、お金の心配はしなくてよい」と言われているのですが、72歳にもなって、“今更”という気持ちでいます。

 

2020.2.11 青山潤三日記 病院に緊急搬送されました

夜、自室に帰ってから何か食べると、誤飲する確率が極めて高い。なぜなんでしょうか? 時間的な問題?体調の問題?座って食べるから?部屋に何か問題がある?
 
スッ~!と米粒とかパンくずとか、時には水などもが、気管?に吸い込まれてしまう。今回は、西友地下で買った、半額ネギチキン。ヌルっとしたチキンの一片が、吸い込まれてしまった。こんな大きいのが入ったのは、イカの足(アテネ)以来です。
 
5か所断られ、昭島の徳洲会病院が受け入れてくれました。
 
ネギチキンは、気管と食堂が分かれた直後の食道側に引っかかっているとのことで、とりあえず事なきを得ました。
 
しかし、肺(の上部、気管の入り口)に穴が開いてるそうです(少なくともかなり前から、もしかすると生まれたときからの可能性もあるとのこと)。福生総合病院の肺専門医宛にスキャン結果と紹介状を書いてもらった。
 
たぶん手術が必要、というけれど、72年間なんとかやりくりしてきたので、今更と言う気持ちがあります。
 
気管の「空気泡」と鼻孔の「ドングリ空洞」がベースとなって、それに30年前からの中国悪環境生活が加わって、苦しみ続けているのだと思います。
 
徳洲会病院の創始者、徳田虎雄(来週82歳)は、いい意味でも悪い意味でも、とんでもないひとです。「全ての患者を平等に診察する」というのが信条です。現実問題としては不可能に近いのですが、それを行うため、あちこちで問題を起こしてきました。
 
最近も、信じられないようなシチュエーション(全身麻痺のほぼ植物状態、ただし目だけが動かせる)にありながら、骨肉の騒動を起こしているようです。ネットでくぐってチェックしてみてください。
 
奄美大島(徳之島)出身の徳田虎雄氏には40年ほど前に会って、いろいろお世話になったことがあります。25年ほど前に屋久島でハチに刺された時も、屋久島徳洲会病院で無料診療してくれた。今回で3度目の助けを受けたことになります。
 
「毀誉褒貶」の激しい方です。まあ言えば「ウイルス」みたいな方です(笑、、、ウイルスもネガティブな部分だけではない)。
 
奄美大島(殊に徳之島と沖永良部島)は、少年A(酒鬼薔薇聖人)、日本ヤクザの発祥の地、、、、いろいろネガティブな話題をもつ、日本の「最深部」です。
 
「現代ビジネス」のボツ原稿で、南西諸島における「差別の順番」を書いた記事(そのうち「あや子版」と「社会の窓から」で復活掲載しようと考えています)があります。
 
日本の、実質一番端っこが、徳之島と沖永良部島です。
 
奄美大島の「アマミノクロウサギ」
西表島の「イリオモテヤマネコ」
 
一般的には、「生きた化石」みたいな対象として、ほぼ同列に扱われているのだと思います。知名度で言えば、「イリオモテヤマネコ」のほうが高そうです。
 
でも、遺存性(いわゆる「原始的」という尺度)で見れば、比較にならないほど「アマミノクロウサギ」のほうが上(「イリオモテヤマネコ」への注目はメディアや大衆が作り上げた虚像と言ってよい)。
 
「イリオモテヤマネコ」が、種のレベルでアジアの熱帯に広く分布するベンガルヤマネコと同じなのに対し、「アマミノクロウサギ」のほうは、世界のどこにも近縁種が見当たらない(南米にと棲む一群を近縁とする説などもあります)。それほど独自の存在、文字通り「生きた化石」なのです。
 
実は、非常に近い種の「化石」が、中国中東部、すなわち、武漢の東側の山地から産出されています(ちなみに逆バージョンともいえる、以前は化石しか知られていなかったのが、今も一本だけ生きていたという例が、武漢西方の一寒村に生える「メタセコイヤ」)。
 
奄美大島に話を戻すと、現生人類の歴史(100年~1000年~1万年単位)においても、生物の種の歴史(100万年~1000万年~1億年単位)においても、この地域は、非常に「原始的」な要素を保ち持っているのです。
 
僕は「時間のフラクタル」(ここでは詳しい説明省略)と言う問題の解釈に常に直面していて、それが出来ずに苦闘しているのですが、このあいだ、「“時間”は存在しない、それが存在すると思っているのは、実は壮大な“思い込み”である」、という書籍が紹介されていました(僕はまだ読んでませんが)。「そうか、時間が存在しないとなれば、いろんな疑問も解けるのかも知れない」、と漠然と思っている次第です。
 
全く無関係な話ですが、、、、、5~6年前、末期がんで余命1カ月とか宣言されていた、ドクター中松氏(91歳)も、なぜか元気で活躍されていますね。自分で延命治癒医薬を創る、といって、本当に作っちゃったみたいです。今度は、新型コロナウイルス特効薬作っています。どこにも属さない「個人」なので、日本での評価は低いのでしょうね。実は、凄い人なのです(僕にとって、なんとなく「叶姉妹」とイメージがダブル、笑)。以前ドクターが都知事選に出馬したときには、僕も投票しました。
 
この人、毎日三食の献立を、ずっと撮影し続けているそうです。僕も(まねしたわけではなく)よく食事の撮影を行っています。昨日のトンカツも写しておきました。
 
プリンセス号苦戦中ですね(三世が、「ドクター中松」と「プリンセス号」についても書け、というのでその話題を)。香港とか台湾とかフィリッピンとかタイとかの近海で彷徨ってるクルーズ船もあるみたいです。当人たち には申し訳ないのですが、まるでギャグです。
 
アメリカのクルーズ船14隻のうち13隻は出航を取りやめた、でも、ひとつだけ、16日神戸、17日横浜寄港の船は、予定通り運航する。ネットコラムのコメントは「来るな!入港させるな!」の大合唱です。
 
ちなみに、大阪神戸―上海の定期フェリー「新鑑真号」は、今日(11日火曜)予定通り神戸港から上海港に向けて出港するようです。13日木曜に上海入港、折り返し15日土曜上海港出航17日月曜大阪入港。
 
なんか、やってることがチグハグですね。日本人の真面目体質(言い換えれば責任逃れ体質)、優柔不断体質、寄らば大樹の陰体質等々が、滲み出ているように思います。
 
アカデミー賞韓国映画四冠、というニュースもあります。韓国の人達は嬉しいでしょうね(僕の素直な気持ちです、でも、ちょっとだけ皮肉も交じってるかも)。中韓叩くことにだけしか脳の無い、愛国ネトウヨの人達は、(ウイルスもあって)いろいろと大変です。
 
ノムさんのことは、改めて。
 
日本プロ野球100年のベスト9(好き嫌いや自分の意見抜きで)。
投手/金田正一・国鉄
捕手/野村克也・南海
一塁/王貞治・読売
二塁/高木守道・中日
遊撃/吉田義男・阪神
三塁/長嶋茂雄・読売
外野は 
張本勲・東映
福本豊・阪急
山本浩二・広島
より若い選手なら
秋山幸二・西武
イチロー・阪急
個人的には
投手/野茂英雄・近鉄
一塁/ランディ・バース・阪神
 
★高木守道と小沢一郎
★青葉容疑者と植松被告
★サミー・スミスとエスター・フィリップス
★湖北省と奄美諸島
★徳田虎雄とドクター中松
、、、、書かねばならないことが山ほどあって、それぞれ90%ほど書き終えているのだけれど、あと一押しが足りません。

2020.2.10 青山潤三日記 「肺炎コロナウイルス」のことよりも、「やまゆり園・植松被告」「京アニ・青葉容疑者」のことを考え続けています

今日、福生公立病院に行き、事務局長E氏と雑談したあと、歯科口腔外科S医師、内科F医師の診察を受けました。E氏・S医師・F医師も、かかりつけの東青梅のK医師も、いつも丁寧に対応してくださるので、本当に感謝しています。お医者さんが、みんな彼らみたいだったら、世の中もっと良くなると思うのですが、、、、残念ながらクソ医師もいるわけで、、、しょうがないです。
 
夜は、現代ビジネスU氏にトンカツ定食をご馳走して貰いました。相変わらず、ボロクソに言われました(笑)。でも、トンカツは美味しかったです。
 
まあ、「新型ウイルス」に関しては、皆同意見ですね。「騒ぎすぎ」。F医師(女医さん)曰く、他のウイルスやインフルエンザと区別する方がおかしい。マスクはほとんど意味がない。丁寧な手洗いを心がけること。十分な睡眠をとり、体調を整えておくこと。「防御方法」は、それに尽きる、と。
 
ここ数日、胃の調子が悪いです。たぶんウイルスに感染しているのだと思います(新型かどうかは知らない)。考えて見れば、もう30年もの間、しょっちゅう「ウイルス感染」しているのだと思います。中国では、次から次へと日常的に未知のウイルスがそこいら中に蔓延しているはず。自らの体力維持でなんとか克服し続けているのです。
 
モニカが、いつもらしくなく落ち込んでいます。彼女は中国大好き人間です。日本からの報道で「全て中国が悪い」と言ったような攻撃を受けて、悔しいのだと思います。
 
別の場所から移動後14日間は外出できない。湖南省のご主人の実家に移って、2週間が経ちます。そろそろ広東省の自分の実家に移りたいのかも知れません。多分、その後また14日間は移動出来ないのでしょうけれど。でも、それはそれで理にかなってるようにも思いますが、、、。
 
繰り返し指摘するけれど、今回の中国政府がとった「隠蔽」は、結果として正しかったと思います。もう数日「移動規制」が早い時期に為されていたなら、各大都市の一般住民は武漢同様都市内に閉じ込められ(逆に富裕層は金積んで一足早く日本に逃げ出し)、とんでもない状況になっていたと思います。
 
今の武漢にしても、膨大な数の「診察の必要のない」人間が病院に押し寄せ、2次感染を含むパニックを引き起こした、という側面があると思います。それを仕掛けたのは、ある意味「日本の悪意」です。
 
日本(のメディアや大衆)は、気分だけに頼った「中韓叩き」を止めるべきです。やがて、日本に跳ね返ってきます。
 
まあ、中国の衛生事情が滅茶苦茶に(ほとんどの日本人が想像も出来ないほど)悪いのも事実なわけで、、、、その根本的な部分を改善しなくては、どうしようもないです(中国の「文化」でもあるので、限りなく不可能に近いでしょうが)。
 
といって、日本の過剰な潔癖概念も、客観的に捉えれば、ほとんど病的ですけれど、、、、。
 
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「国家から一律に自由が押さえつけられる」ことで、僕のような底辺の人間も「結果としてなんとか自由にありつけることが出来る」中国と、「国家から個人の自由が許される」ことで、結果として僕のような底辺の人間は「力を持ったメディアや大衆による自由から排除されてしまう」日本と、どちらがマシなのか、、、。
 
これはもちろん冗談ですけれど、今回の「新型ウイルス騒動」を見るにつけ、日本も「報道規制」をした方が良いのではないかと。
 
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今、青梅線直通列車で、地元のスタバに戻ってきたところです。一時間余、立ちっぱなしでした。「優先席」は若者たちが陣取ってます。年寄りは皆、立ったまま。中国じゃ、考えられないことですね。
 
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「やまゆり園・青葉容疑者」と「京都アニメ・植松被告」のことを考え続けています。「排除」と「共有」の問題です。

「武漢・新型コロナウイルス肺炎問題」の本質を探る(下) 2020.2.8

「現代ビジネス」用に、いくつもの原稿を用意しているのですが、僕のような役立たずの低知能者が書く記事は、端から無視されてしまいます。エリート編集者や識者・論客と言われる人たちの知能は、植松被告みたく「優秀」であることには違いないので、仕方がありません。

むろん僕の僻みの冗談です(笑)。明日、編集U氏がトンカツ定食をご馳走してくれることになっているので、余り刺激をするとマズい(トンカツ食いっぱぐれる)のですが、どうせ記事にはならないのなら、僕のブログのほうで、思いついたことを脈絡なく、かつ寄り道しながら書いていくことにします(新型ウイルスにしか興味のない方は、冒頭部分や寄り道部分を飛ばしてお読みください)。

「津久井やまゆり園」(昔よくギフチョウの撮影時に近くを通った)植松被告(呼称はこれで良いのかな?)と被害者の方々、「京都アニメ」(昔、ウラジロミドリシジミの撮影にこの辺りから近くの山に向かったことがある)青葉容疑者(呼称未確認)と被害者の方々。それぞれの立場や関係性は、正反対に位置するのですね。ちなみに座間の大量殺人は、「獣」としての人間の余りに悍(おぞ)ましい欲望。青葉容疑者は、人間の根源にある「恨み」。植松被告は「思想」「信念」に基づいた行動。

 

少し前の、あるヤフーニュースで、次のようなコメントを見つけました。

>「京アニ」と「やまゆり園」は、根本的に異なる。確かに両方とも多くの人が亡くなった。しかし、前者は、人だけではなく、日本の素晴らしい文化(アニメ作品とその作り手)の消失。人類にとっての損失である。後者とは比較にならないほど前者の損失は重い。

 

さすがに、「それは違うだろ!」というリコメントも多かったのですけれど、賛同意見も少なくなかったのです。

 

ちなみに、僕もリコメントを入れておきました。

「命は命、作品は人により評価が異なる」

 

僕とアニメは、全く接点がないわけではありません。僕の「出発点」は、児童漫画の世界です。10代の頃は、この業界の裏方(アシスタント)として働いていました。

 

唯一、雑誌「リボンコミック」に掲載された“ハムレット”(芳谷圭児・画)」という作品に、アシスタントとして名前が載ってる(笑)。

 

10代の頃の僕は、「漫画(特に少女漫画)評論家」になりたかったのです。最も好きだったのが、超ベテラン(なにしろ太宰治の1歳上)の杉浦茂、90歳近くになっても新作を発表し続けていました。コロッケ五円の介、野菜サラダの介、おでん串の介、、、知ってる人は知ってる、ギャグ漫画(この表現は余り好きではありませんが)の元祖みたいな方です。子供たちに、SF小説の存在と魅力をそれとなく伝えた、という功績もあります。

 

身近なところ(僕より一歳年上)では矢代まさ子さん。主要媒体は貸本だったので、新開地や新長田にあった古本屋をめぐって執筆作品を収集、宝物のようにして読みふけっていました。様々な作品に登場する作者の四国の田舎(伊予三島市、現・四国中央市)を訪ねていったこともあります(今でいう“聖地巡り”ですね)。ご主人の山本まさはるさんの故郷、淡路島の南に浮かぶ小島「沼島(ぬじま)」にも縁があって、2歳か3歳頃、母の故郷徳島県に向かう途中、神戸港発鳴門港行きのフェリーが台風の余波で沼島に緊急寄港したことを覚えています(僕の最初の記憶のひとつかも知れない)。

 

後年、東京都の国分寺市にアパートを借りた際(ちょうどそのアパート脇を舞台にして“三億円事件”というのが発生し、その後僕は何度か警察の取り調べを受けた)、比較的近い町に矢代さんが住んでいたので何度か訪ねて行って、収集した本は全てご本人に差し上げました。

 

ご主人の山本まさはるさんとは、国分寺の駅前で、よく飲み明かしたものです。ご健在なら、矢代さんは73歳になったところでしょうか(時々夢に出てきます)。まさはる氏は80歳近いのかも(今ネットで調べてみました、両氏ともご健在なようです、ついでに芳谷圭児さんもチェックしたら、83歳でご健在です!)。

 

しかし、僕にとって「漫画家」といえば、手塚治虫さん、彼一人に付きます。次元が全く異なります。

 

落語家の立川談志さんが、「人類の歴史で天才と呼べるのは、レオナルド・ダ・ビンチと手塚治虫だけ」と仰っていたことがあります。僕はテレビなどを見ることが滅多にないので、立川談志という人のことは良く知らないのですけれど、この言葉だけでも、「本物の人物」であることが分かります(少なくとも、ちょくちょくネットに顔を出す立川ナントカとやらの、白痴丸出しの弟子とは、天と地ほどの差があることは確かなようです)。ちなみに後ほど談志氏は「ダ・ビンチを並列したのは、言葉のゴロを考えてのこと、本当の天才は手塚一人」と言い切っていた。完全に同意します。

 

手塚治虫の作品は、いわゆる「漫画」の枠からは、大きくはみ出しています。芸術作品であると同時に、哲学であり、科学的な論文と見做すことも出来ます。

 

手塚漫画に接すれば、小説も絵画も必要ない、学校で勉強する必要もない。ただただ手塚作品(例えば「火の鳥」とその関連作品)を読んでいるだけで、全てのこと(世の中、宇宙、、、)が分かる。これ以上は書きません(「火の鳥」読んだことがない人がいれば、ぜひ読んでください)。

 

手塚治虫は、(まだ当時の日本では誰も本格的には手掛けていなかった)アニメ制作を目指していたのだそうです。しかし、初期段階で挫折してしまいました。僕は、それでよかったのではないだろうか、と思っています。 

 

漫画とアニメは、似て非なるものです。話し出すと長くなって仕舞うので、とりあえず一言で言っておくと、漫画は「自らが読み取るもの」。ひとつひとつ、自分の頭で内容を理解して、先に進んでいく。「実態」で構築されている漫画と異なり、アニメは「空気」で成り立っている。良くも悪くも、有無を言わせず、読者に「感じさせる」“力”を持っているのです。究極の「共同幻想」媒体。

 

漫画は、例えば「地図」に置き換えれば、シンプルな(等高線が載って正確な縮尺が示されている)従来型の地図です。等高線とか距離とかの基本情報は、それに基づいて様々な解読や発見が齎される無限の情報宝庫なのですが、現代の若者にとっては、無駄だらけの古風な地図にしか過ぎないようで、シンプルな(基本情報のみが示された)地図は、急速に消滅しつつあります。

 

アニメは、いわば最近の、“役に立つ情報”がてんこ盛りの、ファッショナブルな地図。基本情報はほぼ全てカットされ、必要な情報だけが、利用者に提供されます。読み手が(無駄な?)努力をしなくても、「空気」に身を委ねるだけで、一瞬にして「分かる」のです。

 

両方あって良いと思います。でも、「基本」は無くしてはならない。

 

「アニメ」が日本の素晴しい文化であることは認めます。しかし、危険性も秘めています。イメージ的な伝達で、簡単に「真実」が分かったような気分になる。そのシステムを作り出すことも、受け取ることも、日本人に与えられた才能の一つかも知れません。でも、良い部分も悪い部分もある。アニメは(人々を皆同じ方向に導こうとする)「空気」のプラットホームです。アニメを過大に評価することに、危惧を感じています。

 

話が本題から逸れてしまったかも知れません。「アニメの命」と「障害者の命」の重みについてです。

 

意思伝達が出来ない人々が存在することで、(本人を含む)多くの人々が苦しみ、社会に「迷惑」がかかる。感情抜きで処分すべきである(まあ、僕も処分されちゃうわけですね)。日本人の大多数の本音は、(むろん、非常に深い部分での本音であって、現実上は、そんなことは誰も表立って考えないでしょうが、、、、表立って考えていないからこそ)植松被告の主張と、左程大差はないのでは、と思っています。

 

「京アニ放火事件」では、「アニメに関わる貴重な人命が失われた、青葉容疑者は許しがたい」ということで、構図的には対極にあるのですが、「空気のプラットホーム」に乗っかったうえでの反応ということでは、同じだと思っています(僕は、病院での治療中に青葉容疑者が発したという「初めて親切にされた」という言葉が、頭から離れません)。

 

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さて、今回の新型ウイルス騒ぎについて書こうとしています。正直アホらしい気分になっています。とりあえず思いついたことを、無秩序に書いておきます。

まず、前回のブログ(「あや子版」には掲載済みも「社会の窓から」には未掲載)再掲しておきます。

 

武漢訪問を隠し医師ら30人余りを新型コロナの危険にさらした中国人とは?

実に醜い記事です。この記事を書いた宮崎某という記者こそ、断罪されるべきです。
 
武漢ウイルス感染者と接触した人は、無数にいるはずです。僕もその一人かも知れないし、U

氏や三世やあやこさんだって知らないうちにその一人になっているかも知れません。
 
2月3日も早朝に帰国、すぐに病院、保健所、市役所などに報告に行きました。全く相手にさえしてくれませんでした(皆非常にまじめに対応してくださった上で)。「一定以上の熱がある」「武漢に滞在」「感染が発覚する」以外は、手の打ちようがないのです(インフルエンザの場合と同様に)。
 
言動一致させようにも為すことが出来ず、結局「中国(および個人)叩き」に終始するだけ。それと諸共、日本も窮地に陥っている。漁夫の利を得るのは、アメリカ、という事でしょうね。

ということで、だんだん見えてきた気もします(気がするだけ、なのかも知れませんが、、、何が事実か、物事全て、そう簡単ではないわけで)。

 

香港デモ同様に、その構図は「中国(共産党)を悪」として、ひたすら「悪を」叩くことで、自分より弱い立場の存在の全てを、否定・排除する。上記の記事などは、その典型でしょう。

 

「産經」など保守系メディアが、ステレオタイプ的に中韓を叩きまくる一方、「朝日」などのリベラル系メディアでは、次のような記事も見られます。

「武漢に一泊しても私は平気だった」現地のリアルとは?

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200205-00000080-sasahi-bus_all&p=2

 

まあ、「お手軽な記事」ということでは“似たり寄ったり”ということも出来ますが、「空気」で膨らんだ風船をぶち破るためには、このくらい思い切ってカマしておいた方が良いのかも知れません。

 

リベラルってのは、心情的には、あんまり好きではない(個人的には「産經」「読売」のほうが何故か厚遇してくれていて、「朝日」「毎日」からは冷遇されています、笑)し、この、ロジャースさんの意見が正しいのかどうかも定かではないですが、その正否とは別に、このような記事が掲載されることは、非常に意義があることだと思います。

 

メディア(報道)にとって、最も重要なことは、「正確さ」や「速報性」や「事実の特定」ではなくて、いかに「客観性」に基づいているか、という事だと思うのですが、どうやら「客観性」に拘っていれば、報道は成り立たなくなってしまうみたいですね。

例えば、今回の新型ウイルス騒動でしばしば伝えられる「ゴースト・タウン」状態の町。この時期(春節週間)は、毎年「ゴースト・タウン」状態です。むろん、今回の問題がそれに拍車をかけているのは確かでしょうし、本来ならそろそろ春節期間(名目上は初日から一週間ですが通常もっと長く休んでることが多い)終了で活気を取り戻さねばならないところなので、現時点での「ゴースト・タウン」状況は異常事態ではあるのですけれど、(報道されている)数日前ぐらいの時点では、春節の延長と、本来なら捉えるべきなのです。

 

感染者数や死者数についてもそうですね。「新型」でない肺炎や、従来のインフルエンザを始めとした他のウイルスなどとの比較の上において考えるべきだと思うのですが、、、、。「それぞれに性格が違うから比較しようがない」というのは当然ですけれど、その前提で比較を試みる、という努力が、全くと言っていいほど為されていない(まるで、それを行ってはいけないような「空気」)。

 

このブログの(上)では、広東省に於ける、リアルタイムの状況、ことに「マスク」着用の推移の実態について、書き記しました。

 

特に香港では、去年の後半から、図らずも「マスク」がトレンドになってます(笑)。

 

以前から、「マスク」ってのは一体何なのだろう?と考えてきました。日本人や中国人は、なんでこれほどまでにマスクが大好きなんだろう?

 

結論を言えば、「現代日本の文化」の象徴ですね。日中韓の東アジア人の意識の端的な現れが「マスク」に代表されているように感じます。危機管理、自己防御、責任逃れ、、、、マナーとルールの問題。

 

マナーとルールという事に関して、別の話題を差し挟みます。

 

いつも日本に戻ってくるたびに、違和感を覚えるのです。僕の日本のアパートのある、東京郊外のJR青梅線。ドアの開け閉めが手動です。「車内の気温を一定に保つこと」と「省エネ」が本来の目的だと思うのですが、「ルールのためのルール」になってしまっている気がします。

 

例えば、最終電車近くになると、立川駅で中央線からの乗り換え客が、どっと階段を駆け下りてきます。それらの乗客が、ひとりひとりドアを開けては閉めて、乗り降りする。次々後ろからやってくるのが分かっているのに、「自分はルールを守る」ということで、乗ると閉める。面倒なだけではなく、次に乗る人が度々ドアに挟まれたりもするので、危ない事このうえない。

 

「自分はルール守る」、、、それが最も大事な事のわけです。自分さえルールを守っていれば、(むろん極論ですが)他はどうなっても良い、という(無意識的な)意識。自分たちがやってることがどういうことなのか、自覚はしていないのですね。滑稽というか哀しいというか、、、、それが日本の国民性なのでしょう。

 

中身(本質)よりも入れ物(外枠)が大事。

 

今回中国では、マスクをしていなければ交通機関を利用できず、するしかなかったのですが、、、。日本に帰ってきても、(肩身が狭いので)一応、マスクを持ち歩いています。

 

個人的には、かえってマスクは不潔に感じるし、それ以前に、ただのマスクに、どれだけの「防菌」効用があるのか、、、。そもそも、マスクというのは、病人とか特殊な作業をする人が使用するもの、ではなかったのでしょうか? いつの頃からか、冬はマスクをするのがマナー、みたいになってきています。

 

もっとも、接客業こそマスクするのがマナー、と言う意見もあれば、接客業がマスクをするのは、マナーに反する、という意見もあります(異なる意見が並立するのは良いことです)。

「上」にも書きましたが、中国広州では、人→人感染の可能性が発表された1月16日から、緊急指令が発せられた(大晦日に当たる)1月24日の間に、マスク着用者の割合は、大きく遷移しました。

20日頃まではマスク着用者はちらほらだったのが、22日頃には接客飲食関係者のほぼ全員(というより上からの指令で完全に100%)、一般の人達の6~7割ぐらいが、マスク着用となりました。25日には、一般の人も着用を義務付けられ、100%に。

日本は逆ですね。接客・飲食業は、現時点でもマスクなしが主流。それよりも、一般の人のマスク姿のほうが、ずっと多いように思われます。もっとも、今回に限らず、毎年冬にはマスクですが。

どっちにしろ、「右に倣え」ですね。

日本は共産主義社会ではないので、「自由の閉鎖」は有りません。空気に沿った「自主規制」という「自由の閉鎖」があるだけです(笑)。

マスクに関しては、日本人は、なんか、勘違いしているような気が、、、、。でも、これがアジアの(日中韓共通の)文化なんでしょうね。

 

欧米では、「マスク」というのは、結構特殊な存在なのだと思います。「重病人」とか、劣悪状況下で作業している人とかのためにあるもので、日常的なものではないはずです。

 

そういえば、今回、香港に於いても、欧米人の多くはマスクをしていなかったですね。

 

*「日本マクドナルド」および「スターバックス・イン・ジャパン」は、企業の方針で従業員のマスク禁止由(空港のスタバのスタッフに関してはマスク着用とのこと)。

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中国の人達は、(やってることの良し悪しは別として)必死に「新型ウイルス」と戦っています。それはもう、涙ぐましいほど、、、、。

もちろん感染を防ぐ(自分たちの身を守る)ことに対してもですが、自分たちが源となった失態を最小限に食い止め、日本を始めとした外国からの、これ以上の「蔑視」を何とか防ぎとめよう(評価を回復しよう)と。見ていて切なくなります。

一部の中国人の反応は、行き過ぎであるとも感じます。僕のいたコミュニティ(アパート周辺住居群)では、24日から完全閉鎖(外部住民との接触の全面禁止)が続いています。自衛団が集落の出入り口で目を光らせる、鬼気迫った雰囲気。正直、そのこと自体が恐怖です。

 

モニカの(ご主人の)実家も、完全封鎖されていて、部屋の外にも出れないようです。おそらく、中国中が、(公式発表の有無に関係なく)そのような状況に陥っているのでしょう。

で僕は、命からがら?(モニカとU氏の手助けを得て)香港に逃げてきたのですが、さすが「自由」の国、今回に関しては、緊張感は余りありません。市民は皆、自主判断で行動しているように見てとれます(誉めているわけでもない)。

日本入国時も、簡単な自己申し込み用紙に記入(印)しただけ。イミグレーションでの体温検査もなし(自動的に為されているみたいですが)。いつもは「どこに言ってましたか?」と訊ねられる質問もなし、、、、。

一方、(香港を含む)中国各地の港や空港から来た船舶や飛行機の乗客を、一律入国拒否する。なんか、やってることが、バラバラだと思います。

ヤフコメ民の騒いでいる「中国から日本に人を入れるな」の合唱は、一体何だったのか? 中国は「隠蔽」ばかりして、自分の事しか考えてなくて、けしからん、日本は毅然とした態度を、、、と言っていたのではななかったでしょうか?

日本は、、、良くも悪くも言動不一致ですね。

以下極論です(笑)。

 

★中国上層部は初期~中期段階で情報を「隠蔽」した。

★それによって、「医学的な危機管理」には、成功した。

★しかし、「政治的な危機管理」には、見事に失敗した、

 

「新型ウイルス」の問題は、突き詰めれば、メディアや大衆による、弱者に対しての壮大なる虐めですね。虐める側は、自分たちは「正義」だと思っている。

*むろん、虐められる側にも問題はある。でもそれとこれとは別の話です。

図式を整理しておきます。

 

武漢都市圏(人口5000万人)。仮に、発生源がこことしましょう(断定はできないけれど状況的にはそうでしょう)。16日の人-人感染判明から間もなくして、春節移動直前に都市が(実質)封鎖された。都市内でパニックを伴ったパンデミック発生。

 

その他の東西南北に位置する(北京・上海・重慶・広州など)大都市圏(人口5000万人+)。理屈上、武漢と日常的な、大量の人々が交流しているので、各大都市圏での感染者は既に膨大な数。

 

それぞれの地において2次(および以降)感染に至るタイムラグを仮に10~20日と考えれば、1月末スタート、そろそろ武漢同様のパンデミックが発生する頃です。

 

しかし、そうはならない可能性も。

 

というのは、、、、武漢以外の各大都市圏は、“現時点では”大都市ではないのです。春節期間の継続により、おそらく通常の1/10の人口もないはず。

 

人々は田舎に散らばっています。個々に対応する(医療技術など不足問題あるとしても)対策を、大都市に人々が集中している場合に比べれば、比較的取りやすいのではないか、と。

 

俯瞰的に見た場合(例えば日本など)。

>“大都市に閉じ込められず”広範囲に感染者が亘る。

>ほかのインフルエンザ同様の次元に置かれる。

>個々の感染者ごとに対応することが可能。

 

もしかしたら、現時点での武漢に於ける突出した感染者・死者数の最大の要因は、必要のない極めて多くの患者?が、一握りの病院に押し寄せた弊害に基づくのではないでしょうか?

 

それとは逆に、別の視点からの(ポジティブな)意外な盲点。日本では、現実的には「新型ウイルス」よりも、インフルエンザの拡散のほうが遥かに危惧されることなのですが、ここにきて、大幅に感染者が減少していると。「新型」騒ぎで予防が行き届き、インフルエンザの蔓延を防ぐ思わぬ効果が齎されたのだとか。皮肉なことに「新型ウイルスのおかげ」というわけです。

 

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問題を次の3つに集約してみました。

中国の劣悪な衛生概念。

日本の執拗な中韓叩き。

武漢・湖北省発の意味。

Ⅰ現代中国の余りにも劣悪な、かつ「文化」として成り立っている“環境・衛生概念”を考える。

この機会に、中国の衛生問題を、(見かけの問題としてではなく)根本的に考え直すときに来ているのではないでしょうか?

 

その象徴例。

 

小七、服を着たままジャー、でも僕は注意出来ない。

>モニカ曰く「何が問題あるの?もう日本人はつまらんことにイチャモンつけてウザい」

食堂のゴミ箱にウンチもさせます。

>「何か問題ある?どうせ残飯と一緒に処理されるでしょ?」

それが中国の文化なので、それはそれで良いのかも知れないけれど、その延長が今のどうしようもない「衛生環境」に至ってるわけで、、、。

 

しかし、こんなことも言えると思う。

日本の風呂(僕は大好きなので帰国後はイの一番に銭湯に行きます)。

なんて不衛生なんだ!

国外の多くの人が、そう思ってるはずです。

 

でも、日本に於いては、全体としての高い衛生環境の中での存在ゆえ、破綻には至らないで済むのです。

 

と言って、もしも、ということもあります。その際は (高い衛生概念を保っていることが返って仇となって)無免疫であることが災いして、思わぬ大事に至る可能性もありえます。

 

中国の出鱈目な文化。

日本の行き過ぎ文化。

それぞれに長所を認めたうえで、欠点を改善していくべきだと思います。

 

中国の「衛生」「環境」に、どれほどの問題があるのか。一般の日本人には、とても想像の付かないことと思います。

 

なぜ、こんなにも差があるのか、、、僕にもその理由がさっぱり分からない。「共産主義」だから、とか「中国人は自分のことしか考えていないから」とか、「人口が多すぎるから」とか、そんな「平面的な」解釈では、説明不能です。

 

日本は極端なので比較の対象にもならないでしょうが、東南アジアの諸国の「劣悪環境・衛生」と比べてさえ、その劣悪さは次元が飛び抜けている。

 

他の国(僕の知ってる範囲では東南アジア諸国・アメリカ・ギリシャ)の場合は、衛生・環境の劣悪化は、貧困・無教養・地方といったファクターが大きく作用し、富裕・教養・都市化が為されることで、改善に向かう、という側面が感じ取れますが、中国の場合は、いくら富裕・教養・都市化が為されても、本質的な部分では、変わっていない(むしろ表向きの繁栄と相対的に劣化)と感じます。

 

これは言っちゃいけないことのひとつかも知れないけれど、、、多くの日本人は、「(共産党政権下の)中国本土と、(自由な民主主義の国)香港・台湾は、全く違う、後者は(衛生・環境面にしても)基本的には日本と同じだ」、と思っているようです。

 

違いますよ。香港も台湾も、外枠は「日本・欧米」的に近代化が為されていますが、本質的な部分では「大陸中国人」の価値観・感性と何ら変わりがありません。絶対面積の小ささと、欧米や日本からの(もちろんいい意味での)外圧が作用して、表向きはなんとか「最悪の劣悪環境状況」から脱することが出来ているのです。

 

「政治体制」の問題ではなく、「漢民族」としての価値観を根本的部分から変えねばならないのだと思います(現在の価値観のまま「共産党」圧制のタガが外れたら、もっと大変なことになる)。

 

隣国、日本の存在は、我々日本人が考えている以上に、(とてつもなく)大きいと思います。

 

このままいけば(仮に現体制が崩壊し「民主化」が為されても)、町中ウンチ・ションベンのまま、世界一の大国になるのです。金持ちが、世界中で、暴若無人な振る舞いを行います。

 

日本は、良くも悪くも、対極にある。

 

僕は、(日本を愛する日本人として)日本の「悪い部分」(例えば過剰な衛生概念や責任逃れ体質など)にどうしても目が行ってしまうのですが(笑)、いっそのこと、日本も「半分」中国化することを勧めたいです。

 

それでもって(例えていえば、遠く地球から月を眺めているのではなく、月の表面に近づいてチェックすることで)、日本の国民は、やっと「中国の本質」を理解し得るのだと思う。

 

同時に、中国国民の方も、手放しで(他人事のように)「日本は清潔・空気がきれい」と感嘆するだけでなく、自分の国と照らし合わせて(現状では比較可能な次元にない)問題の在処を考えることが出来るようになるのではないかと。

 

隣国として、中国と一体になり、世界の「環境」整備に取り組む、義務を有している、と思います。

 

今回の「新型ウイルス」騒動が、そのきっかけに成れば良いのですが(排除では解決しない)。

Ⅱ 日本の執拗な中韓叩きに基づく災害の二次拡大。日中共倒れで、アメリカ一人勝ち?

今回のウイルス問題は、日本が「異質の排除」に向かう中で起こった、象徴的な出来事だと思います。中韓ヘイトは、必ずや、自分たち(日本人)に跳ね返ってくる。そのことを認識する機会になれば、と思います。

 

発生当初のヤフーニュースの記事に、こんなコメントを入れてみました。

 

>武漢には、可愛いい女の娘が多いです。

 

>武漢の若者の多くは、日本が大好きです。

 

すると、ドサッと青ぽっち(否定)がやってきました。

 

中国(武漢)を褒めたコメントと思ったみたいですね。

 

それで、再訳注を追加しました。

 

>日本のおっさんが、(武漢出身の女の子と)多数「濃厚接触」しています。

 

>武漢の若者は日本大好きだから、大量に押し寄せてきます。

 

赤ぽっち(肯定)のほうが多くなりましたね。

 

*ちなみに、(このヤフーニュースのシステムとは無関係ですが)中国に於ける注意点。基本的に、赤は「Yes/Good」、青は「No/Bad」です。間違えて判断しないように。

攻撃の対象を特定するべきではないと思うし、実質上「対象」が特定出来なくなっています。それ以前に、日本のメディアや大衆は、アメリカで大騒ぎになっている、インフルエンザの猛威には、頑なに触れようとしません。

実際の(少なくても僕の周りに存在する)人々の考えと、メディア(ネット含む)から発信される“国民の平均的意見?”の、余りの乖離は、何なのでしょうか?、、、、、今回に限らず(例えば香港デモでも)いつも不思議に思い続けているのです。

個人の直接的思考と、メディアやネット上の意見。後者は、実は絶対的多数ではなく、絶対的を装った相対的な多数(無意識的な追従・依存が表に現れたもの)なのかも知れません。

僕は、(語弊はあるとしても)、中国政府の「隠蔽」は、結果として成功だったと思います。危機発令が大晦日だったということは、大半の都市住民は既に田舎に帰ったあと。もし、春節期間前に発令していれば、田舎に帰ることも出来ず、市民の大多数が都市に閉じ込めれることで、各都市が武漢同様のパニックになっていた、と思います。逆に富裕層は、一足先に大挙して海外に逃げていただろうし。

 

武漢から2週間遅れだとすれば、日本は今がちょうど武漢スタートの時点、今月中頃には今の武漢状態になるわけですが、皮肉な言い方をすれば、ザルであるゆえに、普通のインフルや肺炎と同列の状態で日本中に広がって、いつしか日常の中に没してしまうのでしょう。

 

今後の方向性推定。

 

残るは、より一層の中国叩きと、異質への恐怖心。

 

いずれにしても、中国の衛生概念は、それはもう信じられないぐらい酷く、なおかつそのことが「文化」として刷り込まれてしまっています。難しい(ほとんど不可能?)けれど、この機会に根本的な部分から変えていくしかありません(都市、富裕層、エリートほど大きな問題を抱えているので、必要以上に「中国の近代化」にポジティブな焦点を当てることは危険です)。

中国の劣悪な衛生状況下では、(表に現れないだけで)同様のストレスは、過去長い期間にわたって、世界に大量にばら撒かれている。中国の“想像を絶する”衛生状況を鑑みれば、「新型ウイルス」にしろ、そのほかのウイルスにしろ、とっくに蔓延していて当然です。日本にだって、ずっと前から、幾つもの未知のウイルスが広まってるでしょう。「種類」が特定されず、報道されていないだけだと思います。

「新型」への対応を基準にするとすれば、(既にある旧型やインフルエンザなども合わせて)本来なら、日本国民すべてが「隔離」されなければ解決しない問題です。

 

既に世界のあちこち(殊に日本)が、数週間前の武漢状態になってるはずです。やがて、現在の武漢状態になる?自分たちも、既に当事者(潜在的保菌者の可能性)です。中国人を追い返すなり、感染者を隔離するなりして、やり過ごせばいい、という問題ではないと思います。もっと根本的な、俯瞰的な取り組みが必要とされるはずです。

 

早い話、従来の肺炎やインフルエンザの脅威は、隅に置かれたまま、、、、結果として「中国叩き」の材料になるだけです。

 

なにか、問題がすり替えられているような気がします。日本の国民がやってることは、なんか、おかしいです。

 

ヒットラーのユダヤ排除、関東大震災後の朝鮮人暴動デマによる虐殺、中世の魔女狩り、、、、同じ方向に進みつつあるような危惧間を持っているのです。

 

 

「新型ウイルス」問題は、結局は、矛盾だらけのまま、「終結無きの終結」とせざるを得ないでしょう。

 

そして後に残るのは、これまで以上の「異質の存在」(主に中韓)に対するヘイト。日本人の孤立化です。

Ⅲ 地球の遺伝子のプール、長江中流域一帯で、何が起こっているのか?

ユーラシア大陸の中央から東に向かって中国を横断する長江は、アフリカ大陸のナイル、南米大陸のアマゾン、北米大陸のミシシッピーと並ぶ、地球最大の大河です。その中でも、トータルなボリュームという点では、飛び抜けたスケールを持っています。

7000m級のチベット山岳地帯に源を発する(メコン、サルウイン、イラワジ、ブラマプトラなどをはじめとしたアジアの大河と踵を接して南北に併流する)源・上流部から、一度広く平坦な四川盆地へと流れ込み、そこからほぼ真東に、上海郊外の東シナ海河口に向かいます。

その中間地帯で、再び南北に山が迫ります。三峡渓谷です。出口の東にある大都市が武漢。

生物地理学、生物地志学的な面に於いての、武漢・湖北省・長江中流域の、世界的に見ても特別な位置づけ。それと近代文明の急激な発展との相関。今回の「新型ウイルス」発生と、(直接か間接かはともかく)何らかの次元で、結び付きがあるように思えてなりません。

「濃厚接触」による(人から人へ感性の可能性)のヤフーニュースをチェックしたのと、ほぼ同じ頃、同じ武漢周辺を舞台とした「世界最大の淡水魚(ハシナガチョウザメ)の絶滅が認定された」というニュースに出会いました。僕としては、圧倒的に、後者の方が重大ニュースだったのです。

僕は、1988年から中国を主要フィールドとしているのですが、それまでのメインは日本の屋久島でした(1960年代中期~)。世界各地の、屋久島と同緯度(北緯30度13分~28分)地帯に、非常に興味があるのです。

屋久島から西に向かうと、上海南方の舟山諸島(岱山島)、長江流域を遡り、チベット高原南部とヒマラヤ山脈北部を横断し、アフガニスタン、イラン、イラク、シリア、エジプト、チェニジア、モロッコなどを通り、大西洋からフロリダ半島付け根(ジャクソンビル=ジョニー・ティロットソンの故郷です)に上陸、カリブ海北縁、アメリカ/メキシコ国境地帯、カリフォルニア半島の付け根、北太平洋を渡って、伊豆諸島と小笠原の間の鳥島に戻ってきます。

 

屋久島はともかくとして、大多数が、紛争地だったり、岩と砂漠の不毛の地だったりします。温帯でも熱帯でもない、中途半端な気候です(少し南の沖縄や少し北のギリシャなどを含め、この“中途半端ベルト”が、現代文明の発祥地であることは興味深いと思う)。

 

武漢も、ちょうどこの「屋久島ライン」上に位置しています。歴史的・地政学的に中国のジャンクションであるとともに、武漢の背後を覆う三峡一帯の湖北省山岳地帯は、地史学・生物地理学的に見ても中国の(のみならず地球の)最重要地域でもあります。

 

この長江中流域(三峡周辺山地)は、貧弱な植生環境が続く“中途半端ベルト”の中で、例外的に豊かな植生を誇っています。北京郊外へと流れる黄河に挟まれた北側一帯は、陝西省の「秦嶺」(ジャイアントパンダやトキの野生地)からつづく「神架農」の深い山地です。 

 

僕のオナガギフチョウ(日本固有種ギフチョウの最近縁種)の調査地域であり、やはり僕が対象としている野生アジサイの一種で日本固有種のギンバイソウの唯一の姉妹種が分布する地域です。

 

野人(いわゆる雪男!)が存在している、とも信じられています。もちろん“トンデモ科学”の類で(笑)と言いたいところですが、この地域の生物相の特殊性を考えれば、完全無視をしてしまうのも、どこか抵抗が残ります。

 

今回封鎖された都市のひとつ恩施市にも、何度も通いました。レンゲソウの故郷を調べたり、、、僕にとって、とても思い入れの強い場所なのです。

 

近くには、他には化石しか知られていない、古代樹メタセコイアの唯一の原生個体の生育地もあります。ちなみに、以前の「現代ビジネス」記事に書いた、野良仕事のおばあちゃんが「清潔な水なので飲んで良いですよ」と案内してくれた「オタマジャクシの泳いでいる水たまり」も、この地です。

 

南側一帯には、香港に流れる、珠江との間に挟まれた「南嶺」が連なります。その北に聳える梵浄山のブナ原生林では、日本固有種で、日本以外の地域には近縁種さえ存在しないと考えられていた、フジミドリシジミ(蝶)の姉妹種が発見されました(発見の経緯は僕の指摘に基づきます)。

 

そうそう、この一帯は、稲作文明の発祥地でもあるのです。

 

いろんな思いがあって、書き切れません。

 

「新型ウイルス」の媒体起源が、この地域に棲む野生コウモリ、という噂もありますね。それが事実かどうかはともかく、この地域発祥の未知のウイルスを数多く保有している可能性は、大いに有り得ると思います。

 

長江三峡地帯は、地球の生命の遺伝子のプールです。中国人たちは、そこに巨大ダムを造った。そのことに代表される人類の過信。ひたすら近代化を目指し、無駄を排除する理論。やがて“シッペ返し”が訪れることは、目に見えています。

 

今回の「新型ウイルス」騒動は、その序章なのかも知れません。

 

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僕は、「日韓中」は兄弟の関係だと思っています。人間社会的なことは僕にはよく分からないのですが、生物地理学的な視点からは、紛いようもなく一括りの地域です。

 

なのに、あまりにも互いの事を知らない(知ろうとしない)。膨大な数の人々が、日本に、中国に行き来して(居住して)いるにも関わらず、無関心。

 

国家、企業、大学、メディア、旅行代理店、、、等々を通して(まるで防護服を纏っているかのような状態で)しか、相手に接しようとしない。

 

一方、(国際結婚したりして)彼の地(日本&中国)に溶け込んでいる人達は、それぞれ(国家体制だけではなく大衆)からの弾圧・疎外を恐れてか、ひたすら口を噤む。

 

そのような状況下において発信されるメデイアの情報からは、ちっとも「想い」が伝わってこないのです。

 

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追記①

昨秋から「社会の窓から」と「青山潤三の世界・あや子版」に同じ記事を併行して掲載し続けているのですが、「社会の窓から」の方には、写真掲載が出来ない状況が続いているようです。添附された写真に関しては「あや子版」のほうをご覧ください(「社会の窓から」の方にも、古い記事の写真をイレギュラーな形で載せていくこともあるかも知れません)。

 

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追記②

今回の「新型ウイルス」騒動は、僕にとって“他人事”ではありません。僕自身、この数年間、度々「急性肺炎」に至る恐れを指摘されてきました。不可解な症状に悩まされながら、日中を往復し続けています。現時点でも、午後になると、肺が猛烈に締め付けられ苦しい状況が続いています。7年前のドングリ事故に基づく、膨大な量の痰や膿の肺への嚥下が重要なファクターであることは間違いないのですが、様々な検査の結果に異状は見出されず、正確な診断は叶わないでいます。経済的な面も含め、ブログで助けを求めてはいるのですが、ほとんど誰一人見向きもしてくれません(笑)。

 

まあ、そのような状況下で、この記事を書いているという事を、認識して置いて頂ければ嬉しいです。